酩酊に捧ぐ熱
「ペンギン、着いたぞ」
強かに酔ったペンギンを船室に運んでやると、霞みがかった目をしながらもかろうじて意識は保っているようでキラーは少し安堵した。
決して酒に強くはないと以前聞き及んではいたが、一端の海賊として敵船の乗組員にこれ程無防備な姿を晒すのは如何なものかと内心少し眉を顰める。
まあ、敵とはいえ今は未だ、船長同士で杯を酌み交わす仲にある。加えて今日はハートの海賊団の船上での宴だったのだから、少しばかり気が緩むのも仕方がないというものだろうか。
無論、キラーという存在が彼の中でそれ程に許された地位を得ているのだと考えれば心は弾むが、生憎キラーはそれほどに楽観的な思考回路を持つ性質では無かった。
「ほら、水。飲めるか?」
「んー…………」
片手に拝借した瓶から水を注いでやると、透明なグラスを受け取ったペンギンは一気にその中身を煽った。
「酒じゃないじゃん…………」
「馬鹿。それ以上飲んでどうする…………もう十分に酔っているだろう」
「ええー」
不満げに頬を膨らませるペンギンを不覚にも可愛いと思いながら、キラーは溜息をついた。
酔っ払いの介抱には平素から慣れているとはいえ、やはり好ましいものではない。
言葉の通じない相手を懐柔するのは中々に骨だ。
「ほら、もう寝てしまえ」
「シャワー浴びてない」
「死ぬ気か?」
「むう…………じゃあ、脱がせて?」
はい、と広げられた手にまたひとつ溜息をついて、仕方ないと言った体でキラーはつなぎの前を寛げてやる。
丁寧に手を取り袖を抜き、見目に違わず細い、しかししなやかな筋肉が確りと付いた腕の滑らかな白さに頬の火照りを感じながらも甲斐甲斐しく世話を焼く自分が何処か哀しくなった。
「下はそのままでいいのか?上に何か羽織るものは?」
「…………」
「…………ペンギ、っ」
反応を返さないペンギンの顔を覗きこむと、不意に掴まれた手が引かれてキラーはバランスを崩した。
そのままぽふりとシーツに背を埋めると、腹の上にペンギンが跨る。
不測の事態に暫し茫然としていると、ペンギンが酷く淋しそうに言った。
「なあ、キラー…………俺のこと、好き?」
「なっ…………」
「俺はキラーのことが好きだから、キスだってしたいしセックスだってしたい。でもキラーは俺の世話を焼くばっかりで、幾ら俺が頑張っても全然そんな素振り見せてくれなくて。でもお前が優しいから、つい勘違いしそうになる」
「…………っ」
「こんなに近くにいるのに、触れてだってくれない…………俺のこと好きじゃないなら、世話なんか焼くなよ。無理しないでくれよ」
つ、と胸を撫ぜる指の感触にぞくりとしたものが背を走る。
肥大する本能を理性で無理に抑えつけ、キラーはペンギンの言葉に弁明すべく口を開いた。
「俺だってペンギンことが好きだ。でも、一度触れたら抑えが効かなくなりそうで、怖くて…………大事にしたいから、その」
「…………勝手なことばっか言いやがって。そういう科白は女に言ってやれ」
「そんなこと言われてもだな…………」
いよいよ困惑したキラーがしかしそれでも眼前に迫る白い首筋を直視出来ずに目を泳がせていると、不意に頬に冷たいものが落ちるのを感じた。
決死の覚悟で仰ぎ見た先にあった一杯に涙を溜めた瞳に、刹那呼吸を忘れる。
「好きなんだ…………お前のことが…………っ。だから…………俺は…………!」
酔いの朱に重ねた羞恥と哀切の紅で頬を真っ赤に染めて言い募るペンギンの肩を、思わず掻き抱く。
抱き寄せた肌の熱さに眩暈を覚えながら、キラーは必死でその唇に咬み付いた。
「ん…………んう、っ…………ぁ、ふ」
息も継がせず舌を絡めると、アルコールに研がれたペンギンの感度が腰を揺らす。
だから酔っ払いは嫌なんだ、と内心で冷静ぶりながら、タンクトップをたくし上げる手を止めることは出来なかった。
「煽ったのはお前だ…………責任は取って貰うぞ」
「…………っあ、」
吸い付いた首筋に肌を粟立てるその溺れた表情が嗜虐心を擽って、もうどうにでもなれとキラーは星も無い夜に理性を投げ捨てた。
2012.11.24.