sence

 「趣味が悪い」
 
 確かに今日は寒い。
 他人に比べ大分鈍い体表感覚を持つ自分でもこの寒さは実感できるのだから、普通の人間からすればこれはもう極寒とも言える気温なのだろう。
 だから目の前の男が毛皮のコートを羽織っていることも、常識的に考えれば決して可笑しなことではない。
 そのデザインを除いて。
 
 「趣味悪ィな、ユースタス屋」
 「ほっとけ。てめえこそなんでそのナリで寒くねえんだ…………見てるこっちが寒いぜ」
 
 言われるがまま己の全身を見下ろす。
 細身のジーンズに、いつも通りの黄色いパーカー。パーカーの袖は十分で、腕の刺青が綺麗に隠れる長さだ。
 首筋が少し寒かったので、帽子とそろいの模様のマフラーを巻いている。
 
 「これの何処が不満だ。ちゃんと防寒してるじゃねえか」
 「あのな、秋物のパーカー一枚にマフラーってのは、防寒って言わねえんだよ。そりゃ只のファッションだ」
 「十分暖かいからこれで良いんだ」
 「だから、お前は温かくても、世間一般の標準に照らせばそれは超薄着っつーんだよ、この季節」
 「ふーん」
 
 別に他人が着て、見て寒かろうが、自分が温かいのだから別に良いではないか。
 ローはそういった意味で深く他人の目線を気にする性質ではなかった。
 
 「そんな趣味の悪いコート羽織るくらいなら寒い方がマシだ」
 「てめ…………」
 
 ぴくりと眉間に皺が寄る。
 だって、この男はいつもそうなのだ。
 夏物にしても春物にしても、秋物にしても冬物にしても、どうにも美的センスが己とは合わない。
 矢鱈と鋲のついた靴や、チェーンにジッパーのついたジャケット。
 シンプル・カジュアルを好む身として、その過剰な装飾がどうにも受け付けないのである。
 
 「俺、モデルはやってるけど、多分この先一生自分の意思でユースタス屋のブランド服に袖を通す事はないと思う」
 「別にお前に気に入られようとしてデザインしてる訳じゃねえ」
 「俺が着られる服を作れよ」
 「だから」
 「ケチ」
 「あのなあ…………どのブランドにも、コンセプトってのがあるんだ」
 「ふん」
 「逆に俺から言わせれば、お前が着てるみたいな安っぽい服なんざ絶対御免だけどな」
 「ジュエリー屋馬鹿にすんなよ、あいつ良い趣味してんだ」
 「だから、俺から言わせれば悪趣味だっつーんだよ。物足りねえ」
 「感覚麻痺」
 「…………お前には言葉が通じないのか」
 「ユースタス屋の言葉なんて分からなくても、生きていくのに支障はねえ」
 「…………」
 
 あ、怒った?
 なんて言いながらひょいと顔を覗きこんで来るその様子に、一部も悪びれたところはない。
 それどころか、さながら自分を怒らせることに成功したのが非常に嬉しいとでも言わんばかりの表情で、にやにやと口端を歪めている。
 別に怒っちゃいないんだが。
 
 「あーもう、取り合えずどっか暖かい所入るか」
 「結局ユースタス屋が寒がりなだけなんだろ」
 「はいはいそうです、俺は寒がりです」
 「フフ、拗ねんなよ」
 「どの口が」
 
 馬鹿な掛け合いにもいい加減飽きた所でぐいと腕を引いてやると、頭一つ己より小さい痩身は嬉しそうに絡み付いてくる。
 こいつを気に入っているなんて、全く俺の感覚は何処で麻痺してしまったのだろう。
 


 2011.09.09.