I xxx you .

 月が綺麗だ、と彼は呟いた。
 綺麗なのは夜空に浮かぶ新円ではなく、寧ろその光をはね返す金糸の方じゃないかと思ったが、いちいち口に出すのも面倒臭い。
 
 綺麗だ、とうわごとのように流れるその言葉と、不意に記憶の底に眠った一人の詩人が結びつく。
 詩人では無かったかもしれない、兎角一人の文筆家は、とある異国の言語を訳す時、どうしても表現に困って、酷く幻想的な言葉でその意味を置き換えた。
 
 曰く、愛しい者へ向ける感情を、美しい月に籠めて。
 
 ふと、彼と目が合った。
 いつから此方を伺っていたのだろう、かちりと視線がぶつかると、彼は微笑んで言った。
 
 「月が、綺麗だ。なあ、ペンギン」
 
 無性に恥ずかしくなって、ぎゅっと帽子の鍔を下げる。
 彼ははは、と笑って、相も変わらず愛の言葉を空へと投げかけていた。



  2011.07.15.