never ending

 目を覚ますと、自室の天井が目に映った。
 ああそうか、油断して敵に殴られたところで意識が途切れたんだったか。
 
 さして懸賞金が高くも無い自分をハンターが取り囲んだのは、ひとえに我らが船長の気質故だろう。
 ああ見えて、情に厚い人だ。
 さしずめ、部下を殺れば頭領自らお出ましになるとでも考えたのだと思う。
 
 全く、甘い考えだ。
 あの人は確かに部下思いで、冷たいふりをしているけれどその実とてもよく気を配る。
 けれどたかが一人の部下がその過失で命を落とした所で、一家総出に復讐戦へ乗り出すとは思えない――――そんな無謀で、馬鹿なことをする人の下に就いた覚えはない。
 
 兎角、言われもない罪(純廉潔白とまでは言わないが)で取り囲まれたところに通りかかったのは、あろうことか敵船の乗組員だった。それも、億越えの。
 偶然とはいえタイミング悪く現れた男に賞金首狩り達が狂喜したのは確かで、気付けば背中合わせに共闘よろしく血飛沫を浴びていた、ような気がする。
 そこまでの記憶はあるのだが、どうにも不意をつかれて延髄へ叩きこまれた一撃に意識を飛ばしてしまったらしい。
 最後に見たのは、安い色合いの仮面が此方を振り向く瞬間。
 視界は、闇に包まれた。
 
 「よお、起きたか」
 
 ノックも無しにドアが開けられる音がして、首をもたげるとにやにやと嬉しそうな顔をしたローが入って来るところだった。
 
 「お前、キラー屋に感謝しろよ?ここまで運んできたの、あいつだぞ」
 「…………すみません」
 「謝るならあいつに謝ることだな」
 
 謝罪より感謝の方があいつは喜ぶだろうけどな、なんて言いながら、徐に首の後ろを弄る。
 どうにもくすぐったいので身を捩ると、動くな傷に障る、等と言って声色だけの怒りを示した。
 
 「面白かったぞ?あいつ。仮面越しに顔色は分からねえが、それでも必死な声でな。人の船に勝手に乗り込んで、『トラファルガーは居るか?!』なんて叫びやがって」
 
 必死の形相、ってのはああいうことを言うんだろうなァ、と、他人事のように呟く彼だが、きっと彼もまた担ぎ込まれた自分の姿を見て、少なからず血相を変えてくれたのだろうと思う。
 過剰な自意識では無い、これまでの経験が物語る、限りなく事実に近い憶測だ。
 
 「…………それで、あいつは」
 「ああ、あれだけ必死だった割に、俺が処置を終えたらすぐに帰っちまった」
 
 そんなに心配なら、こいつが目を覚ますまで傍に居てやればいい、と言ったのはローだ。
 しかしそれを頑なに辞退して、男はさも未練など無いかのように颯爽と船を降りて行った。
 
 「ま、精々早く良くなることだな。その分だと数日もすりゃ完治する」
 「…………すみません」
 「だから」
 「…………有難う、ございます」
 「そうそう、それで良いんだ」
 
 上機嫌、とでも言いたげな顔をして出て行くローに一礼をして、再びベッドに潜り込む。
 ローが無事を言い渡したのだ、ものの数分もしないうちにシャチやらベポやらが飛び込んで来るに違いない。
 となれば今最もしなければいけないことは、タイムリミットが来る前に少しでも早く深い眠りに沈むことだろう。
 
 す、と目を閉じようとしたところで、ふとベッドサイドに置かれた一枚の紙切れが目に入った。
 シャチの置き忘れだろうか、それにしては妙に気になるそれを手に取ったところで、息を呑んだ。
 
 その筆跡はこれまで見たことも無いものだったが、それでも誰による物なのかは、一目で分かる。
 
 「…………これは、早く治さなきゃいけないな」
 
 そして一刻も早く、彼のもとへ礼と、無事を告げに行かなければならない。
 晴れた夜空の下で、涼しい顔をして酷く気を揉んでいるだろう彼を想うと、動かない身体が酷くもどかしかった。
 
  『I'll never let you fade』



  2011.07.20.