仄暗く、紺碧

 この冷たい蒼に身を沈めたら、一体どんな心地がするのかと想像する。
 
 勿論、海へ潜ったことはある。
 海賊と言う職業柄、それはもう、数えきれないほどに。
 
 浮輪に乗って優雅に波間を彷徨ったこともあるし、足を踏み外して頭からダイヴしてしまったことだってある。
 晴れわたる青空の下に広がる大きな水たまりは、ただ穏やかに波を寄せながら悠然と靡いているだけで、それれはただ己を包む母なる聖水でしかなかった。
 
 夜の海は、酷く暗い。
 白熱灯の光を翳しても、一寸先すら見通す事は出来ないし、飛び込んだところでどうなるやも分からない。
 
 けれど、不気味に蠢く闇はどうにも魅力的で、船の縁に手を掛けたが最後、飛び降りる意外の選択肢は残っていなかった。
 
 
 「何をしている!」
 
 視界から甲板が消えようかと言う刹那、ふいに闇の中で何か光るものが閃いたような気がした。
 けれど今となっては確かめる術も無く、ただ無様に闇を、滑り落ちる。
 
 ばしゃんという醜い音が聞こえたと同時に、身体は身を切るような水に包まれた。
 
 冷たい。
 苦しい。
 
 けれど同時に何処か安堵感をも覚えている自分に思わず苦笑が漏れる。
 本能が悲鳴を上げる。感情が安らぎを叫ぶ。
 兎角助かろうと必死にもがく両腕と、このまま海の底をたゆたっていたいと言う両足。
 酷く矛盾した理性に何を感じるでもなく、意識が遠のいてゆくのを感じていると、ふいに天へ伸ばされた両腕に何かが絡み付くのを感じた。
 
 驚いて目を開けると、そこには光も無いのに何故かはっきりと色を映す澄んだ空色がある。
 おかしいな、今は死んだ光が支配する夜の刻。どうしてこれほどに透き通った空が目前に広がっているのだろう。
 
 朦朧とした意識の中で、絡んだ両腕が引かれ力強く抱きしめられるのを感じた。
 
 
 「っは…………!」
 「馬鹿かお前は!夜の海に飛び込むなんて正気じゃない…………!」
 
 
 霞む視界の向こうには、濡れた金糸と必死の形相がある。
 どうにも下がらない精神状態で何かを訥々と述べているようだが、生憎今の己の頭では一体彼が何を言おうとしているのか、欠片も理解できなかった。
 
 「おい、聞いているのか」
 「ああ…………すまない」
 「全く…………何があったかは知らないが、あまり心配させるな」
 「ああ…………」
 「…………ペンギン?」
 「何でもないよ、キラー」
 
 別に誰も、助けてくれなんて頼んじゃいない、なんて捻くれたことは考えていないさ。



  2011.07.20.