月明の輪舞

 血糊を飛ばし、両腕の隠し刀をしまう。
 大きく一息を吐き出すと、頭上から軽い拍手が聞こえて、キラーは空を見上げた。
 
 「流石に壮麗だな」
 
 音の主はひらりと木から飛び降り、血だまりにワーキングブーツの底を濡らさぬ様気を付けながら危なげなく着地した。
 
 「いつからそこにいた」
 「お前が賞金首狩りに絡まれた辺りから」
 「殆ど最初からじゃないか」
 「いやあ、俺がいると邪魔だろう?一頻り終わるまで、高みの見物を決め込んでいたんだ」
 「気配を消すのが上手くなったな」
 「殺戮武人に褒められる日が来るなんて思わなかった」
 「安心しろ、嫌味だ」
 「知ってる」
 
 月光に白い頬から一筋の血痕を親指で拭い去り、挑発するように口元へと運ぶ。
 べろりと見せつけるように舐め取ると、案の定キラーはひくりと口の端を引き攣らせた。
 
 「うちの船長がお前の所の船長の戦いを、物見遊山のように見物しに行く気持ちが少し分かったよ」
 
 ユースタス・キッドの戦いは見ていて実に面白い、というのが近日における我らが船長の口癖だった。
 ルーキーの中でもずば抜けて高い懸賞金を誇るその首を求め、連日幾多のハンターがその船へ押し寄せ一様に海の藻屑と屠られるのを見るのが楽しくて仕方ないらしい。
 暇さえあればふらりと姿を消すのが日課となりつつあるその背を見、一体何が面白いのかと理解に苦しんでいた所だが、偶々居合わせたこの遣り取りを見て少しその心境を解することができた。
 
 「何と言うか、爽快というか…………そう、無駄が無いんだ。スカっとする」
 「それはどうも」
 「褒めているんじゃないか」
 「素直に受け取ることは出来ないな」
 「ふん」
 「少なくとも、お前を楽しませるために戦っている訳ではない」
 
 如何に無駄なく敵の動きを奪うか、首尾良く息の根を止めるか。
 それだけを考え特化させてきた戦闘技術を、綺麗だの何だのとプラスの言葉で飾り立てられる経験はこれが初めてだ。
 そしてそれは決して喜ばしいものでは無くて、寧ろ心を無にし只管人の命を奪うこの行為に称賛を得るのは、世界の理に照らせば酷く歪んだことであるとキラーは知っている。
 
 「綺麗な物を綺麗と表現して何が悪い」
 「お前は捻くれている」
 「うちの船長よりはマシだろう」
 「まあ、俺もあのうつけに付き合っている訳だから、他人のことは言えないが」
 「全くだ」
 
 振り向きざまに喉を捌く薄刃。
 軽く土埃が立ったかと思えば高い跳躍から一気に押し込まれる深い傷。
 僅かに避けきれなかった斬撃に散る幾筋かの金糸。
 月明かりに煌く鈍鼠の瞳。
 
 男が大儀そうに腕を降ろし、血糊に無表情を映したその時初めて、呼吸することを思い出した。
 只、美しかった。
 
 「それ程に俺の戦いが気に召したのなら」
 
 すらりと仕舞われた筈の片刃が姿を見せ、ちりとした痛みを伴い喉元へ宛がわれる。
 
 「今この刹那、お前の命も奪ってやろうか」
 
 僅かにぶれた切っ先が、黒耀と一筋の金髪を払い落した。
 
 「その冗談、余り面白くないぞ」
 
 少しの翳りも見せず、鍔の影から笑みを見せると、嘲笑うかのような吐息を残してゆっくりと刃が引く。
 
 刃の畳まれる乾いた音を聞きながら、くるりと踵を返して言った。
 
 「お前に俺は殺せない。そうだろう?」
 「他の誰かに奪わせる位ならいっそ、と思うのは事実だが」
 「その時は宜しく頼むよ」
 「…………」



 2011.09.19.