真っ赤な糸

 遠くで雷鳴が轟いた。
 雨の降らない乾いた曇り空に響くそれがとても恐ろしいものだと、口にしていたのは一体誰だったか。
 
 「硝子の空に」
 
 背中あわせにぽつりと漏れた言葉は、強くなり始めた風に乗せられて遥か彼方へ舞い上がった。
 
 「光が乱反射して、真白だ」
 「怖ければ、目を閉じていれば良い」
 「目を閉じて、開けたら、お前が何処かに行ってしまうような気がするんだ」
 「杞憂に心を揺らしていては、潰れてしまうぞ」
 
 不意に空が光った。
 ぼんやりとした薄明かりの中に入った稲妻は、まるで空を裂くように鋭い。
 
 「空が割れる」
 「硝子の空が割れたら、降って来るのは硝子の欠片かな」
 「世界が引っ繰り返りそうだ」
 「止まって動かない退屈な世界に比べれば、それもまた一興」
 「皆、吹き飛んでしまうな」
 
 くすくすと笑いながら、絡めた指を握り込む。
 同じ位の力で握り返されて、少し不安になった。
 
 「痛い」
 「どうした」
 「目に、何かが」
 「閉じておけ。欠片が入ったのかもしれない」
 「お前が見えなくなる」
 「俺は此処に居るよ」
 
 こぼれた涙が拭われるのを感じて、思わず指をほどいてその手に触れた。
 降りた瞼の下から、その瞳の色を感じることは出来ない。
 
 「俺は」
 「ん?」
 「俺は独りで歩いてなんて行けない」
 「うん」
 「お前にならだまされたままでいても良い」
 「うん」
 「まだ、話したい事がたくさんある」
 「うん」
 「だから」
 「有難う。でも、俺は行かなければならない」
 
 うわごとのように、呪文のように繰り返される言葉のひとつひとつに相槌を打つ。
 それでも、それは避けられないことで。
 
 「ほら、鐘の音が聞こえる」
 「聞こえるのは雷の音だけだ」
 「さあ、目を開けて。魔法が解ける刻だから」
 「キラー」
 「やさしい嘘はたくさんついたけれど、紡いだ心に偽りはない」
 「お前が、好きだ」
 「生まれ変わるなら、今度はお前の目で、世界を見てみたいと思うよ」
 
 
 +
 
 
 目を開くと曇り空は僅かに時雨れて、暗い雲に閉じ込められた光が啼いているのが見えた。
 別れ際に交わしたゆびきりが重くて、ひとつ舌打ちをして自分をだましてみる。
 
 背に暖かな温度が戻ることは、無かった。



 image by Prastic Tree
 2011.09.21.