還る、藍世

 ばさりと派手な模様のシャツを羽織る。
 襟に指を掛け、前からぐるりと回して勢いのつけられた薄い布は、滑るように腕を通して痩身に張り付いた。
 長い金糸は物ともされず綺麗に流れて、浮つき過ぎることもなくさらりと無風に靡く。
 
 ペンギンは、キラーの背が好きだ。
 
 己のそれよりも幾分か高い身長と、幾分か良い体格。
 まごうことなき痩身ではあるのだが、付く所にはしっかりと筋が備えられていて、バネの強さに引けはとらないし、非力と言う訳も勿論無い。
 比べて己の体格は男にしては少し華奢な位で、海賊としてやっていくに十分なスタミナは備えているものの、肉弾戦に持ち込まれればそう簡単に優位を勝ち取れない事実は重々承知している所である。
 勿論、そう易々と組み敷かれてやるつもりはないが。
 
 「…………何か、背中についているか?」
 
 じとりとした視線がいつまでたっても外されないことに焦れたのか、不思議そうに振り返ったキラーに程良く嫌な顔をして、ペンギンはぼふりと枕に顔を埋めた。
 
 「何だ」
 「…………別に」
 「口に出さなきゃ分からないだろう」
 「別に、分からなくて良い」
 「またそう言うことを…………」
 
 いやいやをするように、するりと髪を撫でても顔を上げようとしないペンギンに少し困惑して、キラーはシャツを肌蹴させたままベッドに腰を降ろした。
 
 「ペンギン」
 「…………」
 「思う所があるならはっきり言え。俺はあまり、他人の心情洞察に長けている方じゃない。言ってくれないと汲んでやることも出来ないだろう」
 「嫌だ」
 「…………ならせめて顔を上げてくれ。察する努力くらいはさせてくれないか」
 「…………」
 
 ちら、と顔を傾けて片眼を向けると、宥めるような透かすような優しい笑みがそこにあって、ああやっぱり俺はこの男が好きなんだと少し面白くない心持になった。
 
 「…………お前なんて嫌いだ」
 「…………冗談でも傷つくぞ」
 「冗談なもんか」
 
 必死の抵抗を簡単に捩じ伏せてしまう腕も、簡単にこの身を包んでしまう肩も、掻き乱す細く長い、それでいて男らしいしっかりとした指先も、少し見上げないと視線を合わせることが出来ない中途に高い頭身も。
 
 「嫌いだー」
 「…………」
 
 無気力にそう繰り返すと、幾分哀しげでありながらも何処か嬉しそうな、難しい表情を作ってキラーは言った。
 
 「俺も嫌いだ、ペンギンなんて」
 「…………」
 
 抵抗を見せる様で何処か誘うようなその腕も、簡単に包めてしまうその細い肩も、女のように白く滑らかなその指先も、上目遣いを余儀なくさせる中途に低いその頭身も。
 
 「必死で抑えようとするこの情欲を簡単に瓦解させる、その眼も」
 
 情事の名残で未だにうっすらと熱を帯びる黒耀の瞳に吸い込まれそうになりながらも、つける限りの悪態をつく。
 
 「大嫌いだ」
 「…………」
 
 面白くもなさそうにその金糸を弄ぶ指先が、そろりと服の裾に伸びて、するりと胸板を撫でた。
 
 「…………」
 「…………」
 「…………ごめん」
 
 僅かばかりに上半身を擡げ、少し首を傾げるその様が意図する所を正確に読み取って、キラーは紅い眦に口付けを落とす。
 羽織ったばかりの上着をばさりと脱ぎ落とすと、少し嬉しそうな声でペンギンは言った。



 2012.01.04.