SILVER BULLET

 寝転がったままの自分を差し置き、ベッドに凭れて床へ座り込んだ恋人はせっせと自慢の仮面を磨いている。
 先程の戦闘のせいで幾分か血糊のついてしまったターコイズブルーを、丁寧に拭き取って行く、単調な作業。
 布はお世辞にも綺麗と言い難かったが、それでもひと拭いされる度に仮面は元の、不気味な輝きを取り戻して行く。
 覚めきらない殺戮の熱をこれ見よがしにぶつけられた身体は馬鹿みたいにだるく疼くが、それでもその背から目が離せなかった。
 
 「…………なあ」
 
 その様子をぼんやりと眺めながら、ペンギンは以前から気になっていた質問を投げかけた。
 
 「何だ」
 
 擦る手を止めず未だあちら側を向いたままの背を睨む。
 
 「何で、仮面なんてしてるんだ」
 「そうだな…………」
 
 少し考える様な間をおいて、キラーが答える。
 
 「覚えやすいように…………否、見つけられやすいように、か」
 「?」
 
 動かす手が止まっている。
 宙を仰ぎ見た武人の言葉を待って、ペンギンは沈黙を作った。
 
 「うちの乗組員は、皆何処かしら可笑しな格好をしているだろう」
 「あー…………ユースタス筆頭にな」
 「まあ、キッドがあんな格好をするのは趣味そのものだろうが、多分他の奴らにとっては…………賞金首に見つけられ易くする為なんじゃないかと、俺は思う」
 「ユースタスの命令じゃないのか、あの変な格好は」
 「はは、まあ…………そうだな、変な格好か。違いない」
 
 何が可笑しいのか、くすくすと笑ってキラーは言った。
 
 「勿論、愛する頭を真似て、という意味もあるかもしれないが、程度の差こそあれ戦闘狂の奴らばかりだからな。少しでも血糊に塗れる理由付けが欲しいんだろう。別段、理由なく街や人を襲う事に躊躇いがあるとか、正義ぶった事を言う訳じゃないんだろうが…………大義名分が欲しいんじゃないのか、戦いに」
 「正当防衛だ、って?」
 「そう…………自己保身の為に首を狙って来たハンターを返り討ちにする、とか」
 「…………良く、分からないな」
 「…………馬鹿馬鹿しい話だとは思うがな、無碍には出来ん」
 「ふうん…………」
 
 裸の足をふらふらと揺らしながら、ペンギンは問う。
 
 「…………お前もそうなのか」
 「…………どうかな」
 
 何かを思い返す様な風に、キラーは目を閉じる。
 
 「別段己をどうしようもない殺戮狂と称するつもりはないが……戦うことが嫌いな訳ではないんだろう。断末魔を快く思う事もあるし、血糊を纏う事も厭わない…………戦いの無い人生など、つまらないものだろうとは思う。命の捨て時を誤るつもりはないが、余りに満ちた平静の内に棲むのは…………死んでいるように生きるのは、嫌だな」
 
 そう、俺は戦いを求めているのかもしれない。
 命の応酬が飛び交う血濡れの戦場こそが、生きる場所なのかもしれないな。
 
 そう言うキラーは何処か穏やかな顔をしていて、少し面白くなかった。
 
 「…………死を嗤う奴には、相応の死が下るぞ」
 「…………それも良いかもしれない、と言ったら?」
 
 開いた瞼の下に水縹の瞳がきらりと妖しく煌くのを見て、背筋にぞくりとしたものが走る。
 
 「まあ、そんな俺が」
 
 射竦められた様に動けないままのペンギンの上に覆いかぶさるようにして、キラーは呟いた。
 放り出された仮面がゴトリと音を立てて床に落ち、ベッドのスプリングが軋む。
 
 「こんな風に、一人の人間を愛せるようになる日が来るとは思わなかったが」
 「…………俺が愛しているのは船長だけだ」
 「…………そう言うと思った」
 
 秀麗な面差しに戦慄の走る目をしながら、口の端だけが持ちあげられる。
 その笑みは宛ら捕食動物を前にした獣の様で。
 
 「俺にとって、お前は唯一にして最悪の弱みであることは確かだがな」
 「…………勝手に言ってろ」
 
 噛みつく様な荒々しい口付けを甘んじて受けながら、心の何処かが喰らわれて行くのを感じた。



 2012.01.15.