ウソツキとハリセンボン

 「なあ」
 
 活字を追いながら、ペンギンはひとつ声を上げた。
 
 「何だ」
 
 その様子を、預けられた背中もそのままに振り返って見ると、未だ本に目を落としたまま続きが零される。
 
 「お前ってさ、嘘付く時口の片端が上がるよな」
 「え」
 
 全く気付いていなかった。
 意図はないもののぱっと片手で差された口の端を覆うと、ペンギンはその気配にくすりと声を漏らした。
 
 「気を付けろよ。お前は嘘をつくのが下手すぎるから」
 「仮面を脱ぐのなんてお前の前くらいだ。問題は無い」
 「俺が困る」
 「…………それは、俺が今までお前に付いた嘘にも、お前は気付いていたから、という事か?」
 「そうだ」
 「良く気付いたな」
 「俺を誰だと思ってる」
 「…………以後気を付けます」
 「ああ、そうしてくれ」
 
 しかしそこでふとキラーは気付いてしまった。
 
 「なあ」
 「何だ」
 「今知ってしまったから、俺はこれから嘘をつく時口角に気を付ける様にするが、そうするとお前は余計に困るんじゃないのか」
 「何故」
 「だって、俺が口の端を上げない様に嘘をつけば、お前は俺の言葉が嘘か真か判断できなくなってしまうだろう」
 「それが良いんじゃないか」
 「?」
 「だって、お前が俺に嘘をつくのは、俺のためだろう?」
 
 漸く此方を振り向いた顔は酷く透き通っている。
 
 「俺のために付いてくれた嘘に俺が気付いてしまったら意味が無い。だから困ってるんだ」
 「…………何だそれは」
 「騙されてほしいから嘘をつくんだろう?なのに騙されてやれないのは勿体無いし、困る」
 「…………」
 
 何処かずれた論点に少し頭を傾けるが、ともあれ彼が全幅の――――ともすれば過度な、あるいは常軌を逸する程に、此方へ信頼を寄越しているのは間違いが無い様だ。
 無意識下に漏れるその事実に、目の前の上体をぐっと抱き閉めた。
 
 「好きだ、ペンギン」
 「それは嘘か?」
 「騙されてくれるんだろう?例えこれが嘘だったとしても」
 「…………そうだな」
 
 回された手は仄かに熱を持っていて、曖昧な温度に少し眩暈がした。



 2012.02.17.