黒影に泥む(nirvaaNa)

 振り向き様に喉元を切り裂いて、鮮血が宙を舞うのを瞳に移す。
 かと思いきや横合いから殴りかかった敵の足を払い、体勢を崩したその急所に容赦の無い一撃を加える。
 
 無駄の無い流れる様な戦闘スタイルは二年前に出逢った時と何ら変わりは無くて、けれどその身体は今、雪を思わせる純白を纏ってはいない。
 
 「ペンギン」
 「…………キラーか」
 
 白い頬に飛んだ一滴の血糊を拭う事もせずに、ただ真っ赤に染まった処刑台の上に立ち尽くす無情のギロチンは、茫然とその場で言葉を零した。
 血の滴るダガーナイフは、宛ら純血の薔薇の様にも見えて、両手に花を携えたその姿は酷く美しい。
 久方ぶりの再開にも関わらず然したる感動も見せないその様子に少し安堵して、ヒールが血の海に沈まないよう配慮しながら彼へ手を伸ばした。
 
 「久しぶりだ」
 「そうだな。懸賞金がどんどん上がっていくから、まあ盛大に暴れているんだろうとは思っていたが…………それにしても酷い傷だ」
 
 キラーの腕に走った裂傷の跡に少し眉根を寄せながら、ぽつりとペンギンが呟く。
 自分より少し背の低い、海賊にあるまじき、けれど無駄なく鍛えられはしている痩身は記憶にあるものと然したる差は無かったが、その身が漆黒の衣装に埋もれていることに胸がずきりとした。
 
 「服、黒に代わったんだな」
 「…………ああ」
 「…………海賊トラファルガー・ロー。元懸賞金、四億四千万ベリーか」
 「気付いたら麦わらの奴を超えてたよ」
 
 渇いた笑いが漏れる。
 世界政府直下"王下七武海"。その一端を担う海賊団のクルー、増してその筆頭ともなれば、凄まじい修羅場を潜ってきたことは想像に難くない。
 染み込んだ血糊の量を図らせない、只管に深い影の色をしたつなぎに触れると、僅かに揺らぐような気配の後、ゆっくりと仮面に手が伸ばされた。
 
 「出来れば、お前に会いたくは無かったんだが」
 「何故」
 「汚れた俺を、見て欲しく無かった」
 「海賊に潔汚も何も無いだろう」
 「否、あるよ」
 
 その笑みに深い翳りが混じるようになったのを見咎めるつもりはないが、それでも、二年の間に築かれた物と壊れた物が確かに存在することに、何の関心も抱かずにいることは出来なかった。
 
 「辛いか」
 「真坂。どんどん夢に近づいて行く船長の下に、今もこうして生きていられる。最上の喜びだ。辛いなんて思う筈が無い」
 「…………そうか」
 
 思う筈が無い、等と。
 今、その発言が「思わない」という明瞭な否定を曖昧に濁してしまったことに、彼は果たして気が付いているのだろうか。
 
 「駄目だ」
 
 その熱を腕の内に囲おうとすると、す、と伸ばされた手が抱擁を拒絶した。
 
 「見目に分からないかもしれないけど、今、俺血塗れだから」
 「それは、服に染みたもののことを言っているのか?それとも、お前自身が吸った血糊の数を言っているのか?」
 「さあ、どちらでしょう」
 
 くすりと微笑んで、ペンギンは大きく後ずさった一歩でキラーとの間に十分な隙を作った。
 
 「お前は優し過ぎる」
 「褒め言葉として受け取っておこう」
 「…………」
 「優しいのはお前だよ、殺戮武人」
 
 謳う様に空を仰いだその横顔は記憶よりも幾分か精悍と疲労の色を増していて、翳りを帯びた黒耀の瞳に背をぞくりとしたものが走って、心臓が跳ねる。
 
 「俺は俺だし、船長は船長だ。何も変わってはいない」
 
 言外に、だから余計な心配は不必要だと告げる彼の強がりが哀しくて、キラーは次の言葉を掌から零してしまった。
 
 「ペンギン!」
 
 黒のロングコートが翻るのを視界の端に捉えたと同時に、鋭利な呼び声が空を裂いた。 相変わらずの長刀と、形を変えた厚い毛皮の帽子、これ見よがしに刻まれたジョリーロジャーの色に興が削がれる。
 
 「ま、精々暴れ過ぎないことをユースタスに伝えておくことだな」
 
 大切な船長の心臓が、生きたまま切り出されるのなんて見たくもないだろう?
 揶う様に言うと、ペンギンはそのままくるりと身を返した。
 
 「精々元気にやれよ。政府に咎められない程度にしておくことをオススメはするけど」
 「ペンギン」
 「後、その髭。多分自分で思う程似合ってないぞ」
 
 笑みの残骸を残して戦場の彼方へ向けられる足を止めることは出来なかった。
 ただ、雪の白に馴染む血痕の赤を拝むことの叶わなかったその些細な事実だけが脳裏に疼いて、歳月の不透明に冷たい息が漏れた。



 ローさんが七武海に入った経緯といい、漆黒のコートといい、雰囲気的に二年前のあたたかなハート一家もある程度殺伐とした修羅場を潜って逞しくなったんじゃないかなあと。 世界の暗い部分を沢山見て、クルー達もローさんも大人になって、皆何処かしら翳りを抱える様になった、そんなイメージ。
 といってもやはりハートの皆さんには和気藹々としたアットホームな雰囲気を忘れて欲しくは無い、複雑な心境です。 シャチたんの輝くような笑顔と、ベポたんの愛らしさと、ペンさんのおかん気質と、大人っぽいのに何処か幼いローさんの精神年齢は世界の宝です。
 それにしても別荘が雪国なのは凄く、らしくてきゅんとした。
 北の海出身ですもんね。しかしもふっとしたロングコートの似合うこと…………船長素敵過ぎる…………私的にローさんのジャケットはショート丈派だったんですが、ロングも似合うので言う事はありません。
 寧ろオールオッケー。
 2012.03.12.