it's a beautiful world.

 唇を重ねようとして、ふと彼が目も閉じずに何処か面白くなさそうな表情をしているのに気が付いた。
 
 「…………キスして、良いか?」
 「…………」
 
 別段無理強いをしようとした訳でなく、何となくそう言う雰囲気になって、そういう流れになったので。
 此処で改めて問うのは少し、否、かなり変なのかもしれない。
 それでも機嫌を損ねたくは無いので一応尋ねてみると、意外なことにペンギンは肯定も拒絶もせずに、相も変わらずむっつりと黙りこんだまま小さく俯いた。
 
 「…………ペンギン?」
 「…………狡い」
 「何が」
 「背」
 「は?」
 「お前の方が、俺より少し背が高い」
 
 ペンギンの身長は一般男性のそれと比べても決して低くは無い。
 女の子と並べばそれなりの差は出来るし、同性と並んでも然したる差は付けないつもりだ。
 
 しかし一方で、キラーの背は高い。
 彼の属する海賊団は何かと体格の良い奴が多いので、中にいると必然小さく見えるものの、実際にはそういう訳でもない。
 現に今彼は、この唇に口付けを落とそうとして、僅かに背を丸めた。
 以前から思ってはいたことだが、やはりこう、夜が云々と言う話を抜きにしても、男としては僅かに屈辱を感じる訳で。
 
 「屈むなよ」
 「でも…………屈まないと目線も合わないし」
 「キラーのくせにむかつく」
 
 困った様に呟くその様子は一層ペンギンの機嫌を損ねて、ふいと顔を反らしてしまった可愛い恋人にキラーはますます困った顔をする。
 
 「踵を切り落とす訳にも行かないしな…………」
 「船長に頼んで、足10センチくらい削って貰えよ。それなら俺の方が高くなるし」
 「断る。それに俺より背が高いペンギンなんて嫌だ」
 「俺も、俺より背が高いキラーなんて嫌だ」
 「我儘を言わないでくれよ…………」
 
 それでも笑うキラーがやっぱりどうしても癪に障って、とうとう後ろを向いてしまったペンギンに、名案を思いついたとばかりにキラーが小さく声を上げた。
 
 「あ」
 「…………何」
 「こうすれば良いんじゃないか」
 
 言うなりペンギンの腕を引いてとすりとベッドに座り込むキラー。
 深く腰掛けたその腕に抱きこまれた腰が体勢を崩させて、丁度キラーの足の間にペンギンの膝が割り込む形で落ち着いた。
 膝立ちの状態では、当然べったりと座り込んだ彼の目線より己のそれが高くに来て。
 眼前の顔を見下ろさざるを得ないペンギンに、キラーはにこりと微笑んだ。
 
 「ほら、これならお前が俺を見下ろすことになる」
 「…………俺が言っていたのはそう言う事じゃないんだが…………」
 
 平素見慣れた彼の此方を見る顔は、俯くせいでその白い肌が薄い影に侵された少し暗いそればかりで。
 幾分上から彼の顔を見下ろせば、薄く色づいた頬の色も、浅葱色の目の輝きも、全てが光の下に映えていて、とても綺麗で新鮮だった。
 
 「…………まあ、悪くない」
 「だろう?」
 
 しぶしぶ認める様に呟くと、細められた金の睫毛が細い。
 ちゅ、と僅かなリップノイズを立ててその瞼を啄むと、驚いた様な顔が少し面白かった。
 そのまま少し上背を丸めて、覗きこむような体勢でキスをする。
 
 「…………キラー」
 「何?」
 「押し倒しても良い?」
 「…………お手柔らかに」
 
 どうせ暫くもすればいつもの様に形勢が逆転するのは分かっているのだが、少し上の目線から彼を見下ろすのは殊の外気分が良い。
 口付けを深くしてそっと肩に付いた手に力を込めると、簡単に倒れたその身体は乞う様に手を伸ばす。
 覆い被さって口蓋を舐めると、首筋に絡んだ手が酷く熱を荒立てた。
 
 「キラー」
 「ん…………?」
 「好きだよ」
 
 唇の角度を変える合間にぽつりと呟くと、目の前の恋人はただ嬉しそうに微笑んで。
 偶にはこういうのも悪くは無いと、素直に空気の流れを読んでみることにする。


 2012.02.19.