killing Me

 「…………ふ」
 
 繰り返される淡い愛撫に思わず息が零れて、ペンギンは僅かに眉を寄せる。
 
 「も…………やめ…………」
 「やめない」
 
 上目遣いにちらりと此方を見た男は、少し余裕のなさそうな顔をして言った。
 首筋を這う舌がまるでそれ自体に意図を宿している様にぬかりの無い動きで性感帯を攻め立てるので、ペンギンとしては堪ったものではない。
 けれど舌の持ち主は行為をやめる気などさらさらないようで、いい加減眦に溜った生理的な涙が表面張力の限界を超えて頬を滑り落ちるのにも気付かず肩口に埋めた顔を上げようともしない。
 シャツの下を滑る手も確実にペンギンを追い立てて、羞恥と快楽の狭間で今度こそ泣きたい気持ちになった。
 
 「キラー…………っ」
 
 喘ぎの間に必死で呟いた彼の名前は、少なくとも彼に行為を止めさせる切欠にはなったらしい。
 けれど嫌になる位唐突に失われた刺激は却って敏感になった感覚を研ぎ澄ませてしまったようだ。
 最早肌に擦れる衣服の感触さえもが意図を以て熱を攻めているかのように錯覚してしまうまでに。
 
 「…………キラー?」
 「止めて欲しかったんだろう?」
 「え…………」
 「止めろと言われたから、止めただけなんだが?」
 
 何か文句でもあるか、と言わんばかりのその瞳には明らかな愉悦が浮かんでいる。
 内側で暴れる熱に荒くなる息遣いにも気付かないふりをして平然とした顔で科白を呟くその厚顔に、今度こそペンギンは堪え切れずに涙を流した。
 
 「ペンギン?」
 「う…………」
 「…………」
 「…………」
 「…………如何して欲しい?」
 「…………っ」
 「ほら、如何して欲しいのか、言ってみろ。答えによっては、考えてやらないでもない」
 
 悪戯心を一杯に溶かしこんで此方を見下ろす浅葱の瞳へ無言の訴えは届かない。
 幾らその目を見つめてもゆらりとも動かない色はいよいよペンギンの理性を窮地に追い込んだ。
 
 「…………で」
 「ん?」
 「…………最後まで、ちゃんと」
 
 してほしい、と言葉にならない呟きに唇を動かすと同時に、目の前へ秀麗な造作が迫る。
 
 「良く出来ました」
 
 まあ、余り苛め過ぎるのも良くは無いからな、と呟くその苦笑へ咄嗟に見とれると、唇に優しい感触が落とされた。
 
 「ん…………っ」
 
 唐突な口付けに、頭の芯がぼうっと霞むのを感じる。
 
 キスは少し苦手だ。
 以前はそんなこと感じた事も無かったのに、目の前の男とそう言う行為に及ぶようになってから、その苦手意識は急速に膨張した。
 
 唇を合わせるだけで苦しくなって、絡まる舌に胸が痛くなる。
 何だか良く分からない感覚が触れ合いを通じて頭の中に入り込んで来て、理解しがたい感情に足が崩れ落ちそうになる。
 口付ける角度を変える度に感じる息遣いの近さや、ふと薄く目を開けてしまった時に垣間見える熱の籠った視線、直ぐに視界を覆ってしまう自分より少し温度の高い掌も、全てがペンギンの神経を侵して行く。
 その度にまるで自分が自分で無くなっていくようで、少し怖い。
 
 「…………ん…………ふ」
 
 唇から伝わる温もり、歯列をなぞる滑らかな感触、舌の絡み合う度にぞくりとしたものが背筋を駆けて、口蓋を撫ぜられる度にざわりと腰が浮く。舌の根を吸われれば、霞んだ頭はもう何も考えられない。
 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、感覚。五感の全てが飲み込まれて、訳が分からなくなる。
 分かるのは、そんなとき彼と自分の境界が酷く曖昧になっている、ただその事実だけで。
 唇が離れ、僅かな銀が糸を引いた時に感じる寂寞は、壊れそうな程に高鳴った心拍が失われた熱に抱く感情を錯覚しているのだろうと、ペンギンは漠然とそんな解釈を持っている。
 
 「ふ…………あ、」
 
 離れた唇にはあ、と熱い息を吐くと、途端待ちかまえていたように背筋は機能を失って、膝から床へ崩れ落ちる。
 そしてそれを予期していたと言わんばかり絶妙のタイミングで傾いだ身体を受け止める手が伸ばされて、胸を塞ぐ苦しさが少し度合いを増したのをペンギンは逃さず捉えてしまった。
 為す術も無く体重を預けたままにしていると、慈しむように回された腕が背中を撫ぜるのを感じて、止まった筈の涙が再び零れ出した。
 
 「き…………ら、」
 
 漏れた呟きに応えるが如く強くなった抱擁にますます胸は苦しくなって、ぎゅっと目を瞑ると零れた涙が黒のシャツに僅かな痕を残した。
 
 「好きなんだ、お前の事が」
 
 唱えられた言葉はまるで懺悔のように真摯な色を孕んで、停滞した静寂の中に鼓膜を侵す。
 
 「好き過ぎて、如何にかなってしまいそうなくらいに」
 
 震える声音は腕の力をまた強くして、頭の片隅が少し痛いなあ、なんて空気を読まないことを考える。
 
 「…………俺も好きだよ、キラー」
 
 おかしくなってしまったのはきっと俺の方なんだ。
 きっと行き過ぎた感覚が思考回路をショートさせて、感覚までをも狂わせてしまったに違いない。
 
 お前とのキスが、こんなに苦しい筈は無かったのに。



 キスの日。
 title by L'Arc〜en〜Ciel
 2012.05.23.