200×1(200×3−100)×1

 並んで歩いていた筈のペンギンがいつの間にかいなくなっていた。
 少し戸惑ってキラーが振り返ると、白いジャケットを羽織った横顔がゲームセンターの前で途方に暮れている。
 ゆったりした足取りで歩いて戻ると、ちらと此方を見た目がどうにも不可思議な感情を映していて、その目線の先をひょいと覗きこんだ。
 
 「…………どれが欲しいんだ?」
 
 クレーンゲームの背景には何処ぞやの海の写真が所狭しと貼り付けられていて、ガラスケースの中には一抱えもあるぬいぐるみが幾つか収納されていた。
 シャチにシロクマ、イワトビペンギンを模ったそれらは、リアル過ぎずかといってキャラクター物に奔りすぎず、有り体に言えば、可愛い。
 
 「いや、良いよ。どうせこんな大きいの取れないだろうし。時間と金の無駄だ」
 
 午後の光を反射させる鉄色のアームを恨めしそうな目で見て、ペンギンはふうと一つ溜息をついた。
 
 「そんなことを訊いているんじゃない。どれが気になったんだと訊いているんだ」
 「…………全部。ローさんもシャチも気に入りそうだし、その、」
 「ああ。可愛いな、あのペンギン」
 「…………ああ」
 
 ペンギンがひとつの物に執着するのは非常に珍しい事だ。
 感情の起伏が薄いと言う訳ではないのだが、そもそも物欲があまりないらしい。
 人並みに食べるし、寝るし、抱かれれば啼く。それはもう、好い声で。
 けれど物欲に関してはどうにも欠如傾向があるようで、何か欲しいものはないかと訊いても一度として明瞭な答えを得たことは無かった。
 そのペンギンがこれ程に興味を示しているのだから、此方としては叶えてやる他に選択肢など無い。
 ポケットから長財布を取り出したキラーを見て、ペンギンは慌てて言った。
 
 「だから、別に欲しい訳じゃ」
 「見ろ」
 
 ジッパーをざらりと開けて、小銭入れの中を見せる。
 数枚の100円玉を見て、ペンギンが怪訝そうな顔をした。
 
 「1回200円。3回500円。100円玉は7枚」
 「…………両替してまで取ってなんか欲しくないからな」
 「分かっているさ。黙って見てろ」
 
 
 +
 
 ものの数分後。
 ペンギンは左右に大きなビニール袋を提げてアーケードを潜っている。
 前を歩く金糸の片手にも同じ物が握られていて、再び大きな溜息をついた。
 
 真坂4回で標的を全て落としてしまうとは。
 
 「お前がクレーンゲーム得意だなんて初めて聞いた」
 「言ってないからな」
 「どうしてもっと早く言わなかったんだ」
 「言う必要も無いだろう」
 「ある!」
 
 ペンギンは、あの手のゲームが至極苦手である。
 手先の不器用な方ではないし、テレビゲームやポータブルゲームの類ならそれなりにこなせるのだが。
 どうにもあのゲームセンターの雰囲気というものも相まって、クレーンゲームで良い思いをしたことは無かった。
 
 「どうやったらあんな風に上手くなるんだ」
 「うーん…………慣れ、かな」
 「慣れ、ねえ」
 「別にあんなの出来たって何も特になりやしないさ」
 「…………それ、本気で言ってるか?」
 「少なくても、お前が出来ずとも俺が出来るんだから。お前が躍起になって練習する必要なんてないよ」
 「…………キラーの癖にむかつく」
 「それはどうも」
 
 よそ見をしながら歩いていたので、突如立ち止まったその背中にばふりと体当たりをしてしまった。
 信号は赤だ。
 
 「…………がいい」
 「ん?」
 「礼。何が良い」
 「別に良いが」
 「俺が良くない」
 「…………そうだな」
 
 ふと考えて、キラーは言った。
 
 「このペンギンのぬいぐるみ」
 「が、どうした」
 「俺の部屋に置いといて良いか?」
 「俺の為に取ってくれたのに?」
 「駄目?」
 「…………お前がそうしたいなら」
 「じゃあ決まり。俺はこれからこいつをお前だと思って一緒に寝ることにする」
 「…………勝手にしろ」
 「拗ねるなよ」
 「拗ねてねえよ」
 「今日は泊って行くんだろう?」
 「嫌だって言っても、何だかんだで連行されるんだろうが」
 「正解」
 「…………俺、何でお前が好きなんだろう」
 
 げしっと蹴りを入れると、痛い痛いと口ばかりの非難を唱えながらキラーが綺麗に笑う。
 夕日を跳ね返す金色は酷く鮮やかだった。



 2011.09.26.