ARTIFICIAL SKYLARK

 口に含んだ飴玉は疾うに溶けてしまったのに、頬の裏には未だざらりとした砂糖の欠片が張り付いている。
 その一欠一欠を拭い去るかのように、赤い舌が丁寧に口内を犯し行くのを只享受していた。
 時折堪え切れずに零れ落ちる銀糸は受け止める手も待たず首筋と、襟元を濡らす。
 
 「…………菓子ならやっただろう」
 「…………真坂持ってるなんて思わなかったから」
 「端から"悪戯"をする気しかなかったと?」
 「うん」
 「なら返せ。あと一個しかなかったのに」
 「クッキー一枚でガタガタと騒ぐような奴じゃないだろう、お前は」
 「お前に何が分かる」
 「分かるさ。大方、好い様に翻弄されている自分が面白くないだけだろう?」
 
 酷く苦しいだろうに、息次ぐ声すら出さぬその表情は酷く冷静だ。
 頬には赤みがさしていて、瞳にも生理的な涙が浮いている様子は酷く扇情的な筈なのに、強すぎる視線で折角のそれらが台無しになっている。
 否、それはそれでそそるとも言えるのだけれど、此方としてはもう少し素直になって欲しいものだ。
 事実既に腰は立たないようで、その掌はしっかりと肌蹴たシャツの胸元を握りしめている。
 何時布団に転がし事に及んでもおかしくはない雰囲気すら漂っているにも関わらずそこには甘味の切れ端も無い。
 大方、その眼が頂けない為だろう。
 
 「何も本当に菓子が欲しくてあんな科白を吐いた訳でもないさ」
 「無駄な事をするな。抱きたいならそう言えば良いだろう」
 「言ったところで素直に抱かせてくれるのか」
 「訊くか?それを」
 「…………訊いてみただけだ」
 
 するりとシャツに手を滑らせ、緩く腰のラインをなぞるだけでびくりと身体を仰け反らせる。
 それでも未だ此方を睨む光は翳らなくて、良い加減に堪え切る自信も無くなって来たキラーは一つ溜息を突いた。
 
 「Trick yet Treat」
 「は」
 
 きょとんと油断を見せたその隙を逃さず、一層深く唇を奪う。
 不意を突かれたペンギンは、意地を張る刹那をも仕留められず大人しく熱に身体を委ねた。
 
 「…………ふ…………ぁ」
 
 随分と長い沈黙に漏れるのは途切れ途切れの喘ぎと布の掠れる音ばかりで、漸く解放された頃には無音に少しの物音もが酷く不快に鼓膜へ響いた。
 
 「中々、上手く言うじゃないか」
 「下手な科白で抱かれたんじゃ叶わないと、何処かの気位ばかり高い雲雀が唄うものでね」
 「ふん」
 
 シーツに倒した痩身を、味わう様に愛撫する度纏まりのない髪が輪郭を掠める。
 浅く突き刺さるその感触がお気に召さないのか少し眉を顰めるが、下肢をひらりと撫ぜるだけで苦しそうな喘ぎを洩らすその様子は只官能的で、虚勢を捨て快楽に流されるままの身体とは斯くも艶やかなものかと、脳裏に炎がちらつくのを感じた。
 
 「Trick or Treatのままだって、別に間違ったことは言っていないんだがな」
 「何が」
 「お前が一番のTreatだよ」
 「…………寒い。暖房付けろ」
 
 ぱたぱたと片手を仰ぐ飽いた様な顔は酷く余裕を感じさせる。
 なけなしのプライドを崩すべく首筋に噛みついてやれば、尖った八重歯が絹の肌に二つの穴を開けた。
 
 電燈の無粋な灯りの消えた後には荒い呼吸の音だけが閃く夜の帳が舞い落ちる。
 啼き声が月の無い星空に消えて行くのを見た。



2011.10.31.