a little bad night, my sweet?

 「う、わ」
 
 インタホンの画面越しに見えた人影が随分と久々なものだったので、オートロックを解除して急ぎ扉へ走る。
 鍵を開けると同時に自分よりも少し背の高いその人が倒れ込んで来て、盛大に頭蓋と床がキスをする音が響いた。
 
 少し遅れて扉が閉まり、リビングから漏れる明かりと微かなテレビのノイズが静寂に揺れる。
 
 「い…………ってえ」
 
 抱きしめられたままの状態では身動きが取れない。
 開いた手で後頭部を擦りながら、何とか体勢を立て直そうとする物の、引き倒す力が強すぎてそれも叶わなかった。
 
 「あの、キラーさん?」
 「悪い、ずっと寝てなくて…………」
 
 最後に会ったのは二週間前。
 何でも業務が立て込んでいるとかで、先数日は会社に泊り込みだという科白を聞いた覚えがある。
 この調子ではきっと、泊り込みと言う名の連日に渡る貫徹残業だったのだろう。
 彼がどういった仕事をしているのか具体的に問い質したことは無いが、兎角波の在る物であることは承知していた。
 
 「なら何で自分の家に帰らないんだ」
 「長いこと会って無かったから…………ペンギンが足りない」
 「…………あのなあ」
 
 恥ずかしい言の葉を惜しげもなくさらりと零してしまうこの変な癖にも随分と慣れたが、それでも少し嬉しくて頬が緩むのを止めることは出来ない。
 
 「長いと言っても、たかが二週間じゃないか」
 
 先程、随分と久々だ、等と思った自身のことは棚に上げて、困ったようにペンギンは呟いた。
 しかし当の相手は辛そうな唸り声を上げるだけで、一向に動こうとしない。
 
 「ほら、寝るにしても。ベッド行けよ。こんな所にいたら風邪を引いてしまうだろう」
 「…………」
 「…………おーい?」
 
 肩をつかんでゆさゆさと揺らすが、一向に反応が無い。
 
 「…………寝たか…………って、うわ」
 
 突如がばりと起き上ったその体躯に押し倒されて、再び強かに頭を床に打ち付けそうになるが、今度は間に滑り込んだキラーの片手に寄って直接接触を免れた。
 その代わりに引き寄せられた唇が目の前のそれと合わさって、暫し久方振りの口付けに翻弄されることとなる。
 
 「ん…………う」
 
 嬲る様な、撫ぜる様な、精一杯に優しくしようとしているのにそんな余裕は無いと言わんばかりの、荒々しいキス。
 意識も飛びかけた頃、不意に絡みつく舌の感触が消えて、朦朧としたまま目を開けると、
 
 「こ、こら。こんな所で寝るんじゃないと言ってるだろう!」
 「んー…………」
 
 そのまま深い眠りの淵に引きずり込まれて行きそうなキラーを引き止めようと、ペンギンは少し必死になる。
 
 「キラー!」
 「目が覚めてお前が隣にいるなら、何でもいい」
 
 とろりとした笑顔で言われて、二の句が継げなくなる。
 絶句する相方を他所に、今度こそ本格的に眠りへと沈みこんでしまったキラーを見てペンギンは大きな溜息を突いた。
 
 「…………好きにしろ」
 
 とはいえ、このままでは風邪をひいてしまうのは必至である。
 かといって両腕に閉じ込められたままのこの状態でリビングに行くのは不可能であり、例えそれが叶ったとしても自分ではキラーを担いでベッドルームに行くなど到底無理だ。悔しいが。
 
 しんしんと冷える廊下でもう一つ息を吐きながら、諦め混じりに目を閉じる。
 つけ放しのテレビから流れる遠い雑音を無為に心地良く感じた。
 
  (風邪を引いても、介抱させれば良いだけの話だ)



 2011.11.04.