BY YOURSELF

 鳴り響いたチャイムに、教室全体の空気が一気に弛んだ。
 
 「終わっ…………た…………」
 
 歓声とも悲鳴ともつかない言葉をぽつりと吐いた隣人は、そのまま雪崩れるように机へと突っ伏す。
 
 「お疲れ」
 「あー…………お疲れ…………」
 
 別段日頃から授業には真面目に出ている彼の事だ。
 試験前だからと焦っての一夜漬けで神経がすり減っていると言う訳でもあるまいに、それでも試験の終了を告げる鐘は万人に等しく脱力感を齎すらしい。
 かという自分も例外では無く。
 
 「やっと終わったか…………」
 「在学中、あとこの瞬間を4回も味わわないといけないのかと思うと今から気が滅入るな…………」
 「今更何を言っている。4年の大学生活、半分が終わったと思えば気も楽なものじゃないか」
 「…………就活…………」
 「…………言うな…………」
 
 折角晴れやかな気分になれると思ったのに更に気鬱を起こさせるかのような発言に渋い顔をすると、此方を向いた顔がへにゃりと崩れるのが見えた。
 
 「ま、何にせよ終わった物は終わったからな」
 
 校舎群を抜けながら青空を仰いで言うその様子は実に爽やかだ。
 季節外れの飛行機雲を追いながら寒さに身を縮める様子は、どうにも可愛い。
 
 「どうだった、とか訊くなよ」
 「…………過去を振り返った所でどうにもならないからな」
 「その通り。折角の快晴に水を指すだけだ」
 
 しかしそれでは大学で学んでいる意味も何もないだろう、という突っ込みを加える人物は、幸か不幸か此処にはいない。
 ただ試験期間が終わったと言う、酷く日常的で、ともすれば流れる時の一部にしか過ぎない僅かなハプニングに心を躍らせているだけなのだ。
 この瞬間だけでも、試験の結果速報とか、杞憂すべき就職活動とか、資格試験に向けた勉強とか、面白くもない現実から目を背けたとて罰せられることはないだろう。
 
 「で」
 「ん?」
 
 不意に深刻な顔をしたキラーに、一歩先を歩いていたペンギンは不可解そうな面持ちで振り返った。
 
 「…………」
 「何だよ…………って、おい!」
 
 がしりと腕を掴まれて、校舎の影に引きずり込まれたペンギンは不服そうな声を上げる。
 
 「一体何なんだ…………っん」
 
 荒々しいキスに黒耀の眼が見開かれるが、瞼はすぐに落とされる。
 抵抗するように暴れた腕も早々に諦めて、腰に回されるに至った。
 
 「…………お前、こんなところ、で…………誰かに見られたらどーすんだよ…………」
 「…………すまない」
 
 歩を進める度に揺れる襟足に誘われるのを堪え切れなくなった理性が、白い肩口に紅い痕を残す。
 覆い被さる体躯を押しのけて、ペンギンは不貞腐れた様に黒のマフラーを巻き直した。
 
 「…………俺はそろそろ我慢の限界なんだが」
 
 試験期間にお預けを喰らっていた身体を労ってやりたい。
 
 「…………だからって、道中でいきなり盛る奴があるか…………」
 
 口調は非常に怒っているか、あるいは呆れているものの、赤く染まった眦が全てを台無しにしている。
 そしてしおらしく項垂れる此方もまた、瞳に灯ったままだと思われる熱が全てを台無しにしていることだろう。
 
 「…………今日は無理。飲み会。試験打ち上げするって、言ってただろ」
 「…………」
 「俺の家でやるんだ。今更中止できないし、別にしたくもない…………そんなに言うなら、早々にあいつらを追い出す努力をするんだな」
 
 物足りなさそうに俯くキラーに僅かな気遣いを込めてか、それなりの配慮が為される。
 ローとキッドはどうせそれ程の時も置かずにさっさと退却するだろうから。
 まあ、問題はシャチだなと呟くペンギンの横顔がそれなりにその気になっている様な気がして、いてもたっても居られないキラーはその頬に軽い口付けを落とした。
 
 「…………お前、話聞いてたのか…………?」
 「問題ない。シャチを追い出せば良いんだろう」
 「…………単刀直入に言われるとあいつが不憫でしかないな…………」



 2012.01.20.