相変わらず美しきかな

 かりかりとシャープペンシルの先を滑らせる指が綺麗だ。
 ちらりと手元から目を離して、正面に座る人を見遣った。
 
 普段その顔面を覆い隠している長い前髪は自分の渡したダブルピンによって留め上げられていて、今彼の視界を遮るものはひとつもない。
 それは即ち、今こちらから彼の表情を見るを邪魔するものも存在しないという事実と同義である。
 
 (…………本当、むかつくくらい綺麗な顔しやがって…………)
 
 数列に走る浅葱の目は相も変わらず澄んでいて、きゅっと引き閉められた口元は凛々しい。
 白い肌に鼻筋は通って、伏せる金の睫毛も女顔負けの長さだ。
 加えて、黒縁の眼鏡が、非常に似合う。
 
 (…………反則だ…………)
 
 隣に並んで授業を受ける機会は多いものの、何も講義中に横を向く訳にもいかない。
 そして彼は、勉学の間にしか眼鏡を掛けない。
 従って彼の眼鏡姿を正面切って拝む機会というものはそうあるものでもなくて、改めてその全貌を真正面から見ると、尋常ではない胸騒ぎがする。
 
 こういうのは女子達に多く言えることで、男としてはどうなのかとも思ったりするのだが、ペンギンは眼鏡が好きだ。
 否、勿論眼鏡そのものが好きなのではなくて、眼鏡の似合う人が好きなのである。
 そこまでの自覚は無いが、最早フェチと言っても良いのかもしれない。
 そしてそれは女性だけに限らず、同性にも当てはまることで。
 眼鏡の似合う芸能人なんかをテレビで見掛ければ、それが男であれ女であれつい仕草を留めて見入ってしまう事もままある。
 更に付け加えると、今正に彼の正面に座っている人ほど、眼鏡の似合う人を見たことも無い訳で。
 
 (…………目が反らせん)
 
 レンズの奥に見える伏せた眼も、時偶ずり落ちるフレームを上げる指の動きも、太陽光に反射する硝子の色も、全てがペンギンを魅了して止まないのだ。
 すっかり作業の手を留めて見入っていると、ふとキラーが顔を上げた。
 
 「…………何処か、分からない所でもあるのか」
 「…………え、え?」
 「いや、先程からずっとこっちを見ているから…………」
 「あ、いや…………ええと」
 「…………何か、ついているか」
 「いや、そうじゃないんだ!えーと、ごめん」
 
 怪訝な顔で尋ねられてすっかり慌てふためいたペンギンに、キラーはくすりと微笑を洩らす。
 硝子越しのその笑顔がまた綺麗で、顔がぶわりと熱を持ったのを感じた。
 
 「…………顔が赤いぞ」
 「な、何でもないっ」
 「可笑しな奴だ」
 
 どれ、俺も休憩するか。
 なんて言ってキラーが眼鏡を外す。
 
 眼鏡を掛ける仕草も、上げる仕草も魅力的だとは思うのだが、ずば抜けて良いのは外す時の仕草だとペンギンは勝手に考えている。
 
 だからキラーが気怠げな雰囲気を纏ってゆっくりと黒のフレームを降ろすその一挙一動に、思考回路は完全に停止してしまった。
 
 「…………っ」
 「…………おい、本当に大丈夫か?」
 
 すっかりフリーズしてしまったペンギンに、いよいよキラーは不安げな声を掛ける。
 冬も盛りだというのに、体感温度は真夏のそれをも遥かに凌駕して、脳髄が常春を迎えてしまったかのような錯覚すら覚えた。



 2012.02.12.