はる舞いてひらり

 がたりがたりと躓きながら走る自転車の後輪に揺られて、携帯電話をいじりながらペンギンは声を上げた。
 
 「本当に大丈夫か?辛いなら降りるぞ」
 「大丈夫、だと、言って、いる…………!」
 
 とはいえ前輪を操るキラーの横顔には透明な汗が走っている。
 強がる彼の言葉を取り敢えずは信用することにして、ペンギンは空を仰いだ。
 
 「今日も良い天気だなー」
 「そう、だな」
 「息、上がってるぞ?」
 「気の、せいだ」
 「…………」
 「…………」
 「…………ま、頑張れ」
 「…………ああ」
 
 坂道にさしかかる。
 春を感じさせ始めた温かな空気が頬を掠めて、快晴は穏やかな日差しと共に睡魔を地上へと遣わした。
 
 「キラー」
 「何だ?」
 「あとどのくらい?」
 「…………10分」
 
 今のペースでいけば、の話だろう。
 精一杯漕いではいるようだが、何の変哲もないシティサイクルの男二人の重さはかなりの負担だ。
 そして坂の多いこの町において、そもそも二人乗りなんて行為は自殺に等しい。
 けれどそれでも頑張る恋人のプライドを傷つけたくも無くて、本当は二人並んで歩いても良いのだけれど、ここは大人しく荷台に納まっておくことにする。
 ともあれ、確実に落ち行くペースを鑑みれば目的地までは少なからず15分とみて間違いないだろう。
 
 「…………」
 「どうした、ペンギン?」
 「んー…………ちょっと眠い」
 
 掴まる所も持たずふらふらとしていた上体を、目の前の背中に腕を回すことで固定する。
 顔を埋めた豊かな金糸は温かく、春の香りがした。
 
 「ペンギン?!」
 「悪い、ちょっと寝るわ」
 「寝るわって」
 「振り落とさないように頑張って?」
 
 キラーとしてはペンギンが素直に体重を預けてくれることも、眠気故か平素より高めの体温が背中越しに伝わって来ることも非常に嬉しいのだが、寧ろ嬉し過ぎてどうにかなってしまいそうで。
 そのうえ健やかな寝息さえ立てられてしまっては自転車を転がすというなんてことない行為さえ遂行するのを困難に感じてしまう。
 
 「ぺ、ペンギン…………」
 「んー?」
 
 みるみる顔面が熱くなるのを感じながらこそりと呼びかけると、既に意識を半分ほど飛ばしているらしいペンギンは眠たげな声を上げた。
 反応に呼応して強くなる腕の力を感じて良い加減頭は沸騰しそうだったが、ともかく前だけを向いて煩悩を追い払う事に集中する。
 
 春風が火照った頬を爽やかに冷やし、桜並木の破片がひらりと目の前を舞い落ちて行った。



 2012.02.12.