煙距離恋愛、終了過程

 ポケットから煙草を一本取り出して、唇で咥える。
 そのまま同じ体勢で反対側のポケットを弄ったが、そこにある筈のライターが見当たらない。
 
 「すまない、ライター貸してくれないか」
 
 ちらりと浅葱の瞳が此方を見て、物も言わずに目的のものを投げて寄越した。
 
 「有難う」
 「…………煙草なんて吸いもしないのに、何で俺はライターを常備しているんだろうな……?」
 「そりゃあ、俺に貸してくれるためだろう?」
 「…………」
 
 美味そうに煙を吐き出すペンギンの横顔をじとりとした目で暫く見て、不意にキラーはその口元にある白を指で抜き取った。
 
 「何」
 「いや…………」
 
 しげしげと見つめて、前触れも無く灰皿に押し当てる。
 未だそれなりの長さを誇っていたそれが無惨にも捻り潰されるのを見て、ペンギンが哀しそうな声を出した。
 
 「…………勿体無いじゃないか。何してくれるんだ」
 「健康に悪いと、いつも言っているだろう」
 「お前に関係ない」
 「一緒にいると臭いがうつるんだ。それに、主流煙よりも副流煙の方が害が強い。お前は良くても、俺が良くない」
 「なら、煙草を吸っている時くらい俺から離れれば良いだろう」
 「それに、」
 
 言葉を遮って、拗ねたような顔をするペンギンに口付けを一つ落とす。
 口内をひとさらいした後、苦い顔で告げてやった。
 
 「キスが不味い」
 「…………っ前…………」
 
 吃驚した様な怒った様な顔に今一度唇を重ねると、啄むだけのキスに瞼が降ろされた。
 
 「口寂しくなったら俺を呼べばいい」
 「…………無理に決まってるだろ、そんなの」
 
 頬を染めながらも未だいじけた子供の様に言い募るペンギンに苦笑を零す。
 わしゃわしゃと髪をかきまわすと、容赦のない蹴りが脛に食い込んだ。
 
 「…………っ…………!!!」
 「一生やってろ」
 
 耐え難い痛みに悶絶していると、吐き捨てる様にペンギンは言った。
 
 「…………禁煙…………」
 「…………?」
 「…………お前がそこまで言うなら、してやっても良い」
 「!それは大いに素晴らしい」
 「誰だよ」
 
 勢い余って母語が行方不明になったキラーに、はにかむ様な笑みを浮かべる。
 その長い髪から香る彼の優しい香りが、自分の煙に汚されてしまう事が少し前から気がかりだったなんて、絶対に言ってやらない。
 
 「いつでも来てくれるんだろうな?」
 「出来る限りでな」
 「言ってることが違うぞ、さっきと」
 「なら、同棲でもするか?少なくとも今よりは一緒にいてやれる時間は増えるが」
 
 さらりと零れた爆弾発言に絶句していると、漸く痛みから立ち直ったらしいキラーがお返しとばかりににやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
 
 「どうせ依存するなら俺に依存すれば良いだろう」
 「…………一体その自信は何処から湧いて来るんだ?」
 
 心底疲れた様なペンギンの顔に、キラーは面白そうに微笑んだ。
 答えは、もう分かっている。



 2012.02.17.