空間把握、未完了

 「付き合ってくれ!」
 「断る!」
 
 もう幾度目とも知れない応酬をいい加減うんざりしながら交わして、ここ最近で更に量を増した深い溜息をペンギンは吐き出した。
 
 「いい加減にしろ!何度言いに来ても無駄だと言ってるだろう?!」
 「で、でも」
 「良いか?俺は確かにお前を好いていると言った。だがしかしそれはあくまで気の知れた友人としてであって、そこに恋愛的要素は一切含まれていない!」
 
 がつんと言ってやると、流石に応えたのか目の前の男はしょぼんとした風に俯いた。
 跳ねた金糸までもが元気をなくした風にしなってしまった様な気がして、少し気が咎める。
 しかしここで引いては二の舞所の騒ぎではなくなる、きっとまた明日も朝一からこの無駄な問答を繰り返さねばならぬことになるのだからと、厳しい顔を崩さずペンギンはきっと男を見据えた。
 
 「…………分かった、少し頭を冷やす」
 「…………分かって貰えて嬉しいよ」
 「でも!俺は諦めないからな!」
 「頭冷やすんじゃないのか?!」
 「アプローチの仕方を考え直すだけだっ」
 
 そう言い終えて、男は名残惜しそうな顔をしながらばっと踵を返した。
 走り去る背を見ながら取り敢えず本日二度目の溜息をつくと、
 
 「相変わらず罪な男だなァ、ペンギン」
 「っ?!」
 
 真後ろから覗き込むように声を上げた男にペンギンは文字通り飛び上がった。
 
 「ろ、ロー」
 「あの調子じゃ、次は三日後あたりにか」
 「…………五日は空くかもしれない。頭冷やすって言ってたから」
 「ほお」
 「多分、だけど」
 「九割の確率で当たる"多分"だろ?」
 「それを言わないでくださいよ…………」
 
 誠に不本意ながら、もうそろそろ流石に男の思考回路が読めるようになってしまった自分自身にほとほとと涙を零すと、ローは相変わらずの微妙な笑顔を崩さないで言った。
 
 「しかし、本当にモテるな、お前」
 「だから」
 「男にモテても嬉しくないってか?」
 「当たり前でしょう!俺は」
 「女の子が好きなんです!」
 「良く分かってるじゃないですか」
 
 言葉尻を掬ったローが続けるのを聞いて、ペンギンはうんざりしたように言う。
 
 「しっかし…………キラー屋も凝りねェなあ。ユースタス屋も呆れてたぜ」
 「俺に言わないでくださいよ」
 「でも、あんだけ熱烈な告白を手酷く降り続けてる割に…………仲は崩れねェんだなァ、お前ら」
 「…………そこは俺としても大いに不思議です…………」
 
 そうなのだ。
 初めて出逢った冬の日から、ローとキッドを介して親交を持ち始めて数カ月、ペンギンとキラー…………先程脱兎のごとく走り去った男と自分の間には、確かに友情と呼べるものが芽生えていた。
 昼食は必ずと行って良い程一緒に取るし、新学期の委員会は示し合わせて同じ部署。
 放課後だって時間が合えば一緒に下校するし、休日に遊びに行くことだって少なくは無い。
 一見すれば親友とも言える関係が、そこには成立していた。
 ただひとつおかしな点があるとすれば
 
 「全く…………俺の何処が良いんだ…………」
 
 毎朝のように降り注ぐ告白の嵐にあった。
 それは時に言葉で、時に手紙で、ありとあらゆる道を取る。
 
 「俺、ペンギンが好きだ」
 
 ぽつりと、初めて彼がそう零したのは幾月前のことだっただろうか。
 当初、彼の科白に真坂そんな意図があると気付かなかったペンギンは、つい
 
 「俺も好きだぞ、キラー」
 
 なんて安易な返事を返してしまった。
 勿論先程の言葉通り、そこに恋愛的要素は一切含まれていない。
 あくまで友人として彼を好いているという率直な思いを、ペンギンとしては伝えただけのつもりだったのだ。
 しかしその言葉が曲解を経て彼の、少し軽い頭へ届いてしまったのは尋ねるまでも無く事実であるようで。
 
 「じゃあ、付き合ってくれないか!」
 「…………はぁ?」
 
 あの日を境に攻防は始まったのだと、回想に委ねていた脳髄を此方へ引き戻してペンギンは憂鬱な目をした。
 
 「普段は普通の奴なのになァ。こと恋愛、というかお前のこととなると、勇者だな。あいつは」
 
 まるでペンギンの思考回路を読んだかのような発言をしてくつくつと笑うローをじとりと見据え、ペンギンはコンクリートの天井を仰いだ。
 そんな奇妙な儀式…………もう儀式と呼んで差し支えないだろう…………を繰り返しているにも関わらず、彼との交友関係は未だ続いている。
 それも以前と変わらず…………否、ますます密度は増しているかもしれない。あくまで"友人"としての、だが。
 初めて告白を受けたその日、この文句を境に折角築いてきたこの心地良い関係も崩れてしまうのだろうかと勢い良く拒絶の言葉を発したと同時に少し物悲しくなったペンギンだったが、キラーは
 
 「そうか…………それは残念だ」
 
 と心底辛そうな顔をした次の瞬間
 
 「そういえば、明日数学のテストだったよな?」
 
 なんていう、ごくありふれた日常会話を喚起したのだった。
 次の朝から始まった熱烈な愛の告白は大体三日から五日置きくらいの頻度で今尚止むことも無く続いているが、同時にこれまでの交友関係もしっかりと保たれているという奇妙な日常が、最近のペンギンの周りには渦巻いている。
 
 「何ていうか…………まあ、馬鹿なんでしょうね、あいつは」
 「フフ、言ってやるなよ。あいつだって真剣なんだろ?」
 「いっそ冗談なら良かったんですが」
 「冗談だったら冗談だったで怒るくせに」
 「…………は?」
 
 さらりと発せられた言葉が聞き捨てならなくて一応会話を止めてみると、きょとんとした顔で事もなげにローは言った。
 
 「お前、キラー屋のこと好きなんだろ?」
 「なっ…………」
 
 投下された大きすぎる爆弾をペンギンの頭は受容しきれず、ぽかんとあっけにとられているとたたみかけるようにローは堪え切れないように吹きだした。
 
 「まァ、俺がとやかく言うことでもないけどな」
 「ちょ…………待って下さいいつからそんなことに」
 「あ、ユースタス屋だ。キラー屋もいるぞ」
 
 言い募るペンギンを無視して窓の外を覗きこんだローに、これ以上何を言っても無駄だと悟ったペンギンはひときわ大きな溜息をついて、同じように階下を見下ろした。
 一限から体育の授業だろうか、深い青のジャージを羽織った背にまとめられた金糸が眩しくて少し目を細めると、不意にキラーが此方を振り返り、目が合う。
 
 酷く既視感を覚えるその一連の流れに目を眇めると、キラーは嬉しそうに手を振った。
 
 「おーおー、愛されてんなァ、ペンギン」
 「だからっ」
 
 いつものように言い返そうとしたのに、先程言われた科白が未だ動揺を引き摺って上手く言葉が出ない。
 仕方なしにローの相手をするのはやめてにこにこと此方に手を振り続ける影に小さく手を振り返した。
 それが見えたのか、この距離からでも分かるほどに破顔を深めた彼の色に何故か胸が痛くなる。
 
 「…………?」
 
 もやもやと蟠る何かに眉を顰めると、授業開始のチャイムが鳴り響いた。
 慌てて校庭の先へ駆けていく背を名残惜しいと思うのは、きっとローが変なことを言ったからだ。
 そう強く自分に言い聞かせて黒板へ向き直ると同時に後ろから小突かれて、満面の笑みを灯したローに嫌な予感がする。
 
 「キラー屋にメールしとたから」
 「…………はぁ?」
 「今日の昼休み、ペンギンが「話がある」って言ってたぞ、って」
 「…………はぁ?!」
 
 何とか殺した声はローをますます喜ばせる起爆剤にしかならなかったようだ。
 
 「またあんたは…………そういういらんことを…………!」
 「話は早ェほうが良いだろ?ちゃんと屋上行くんだぞ?」
 「ちょっと」
 「あ、因みに俺とユースタス屋は午後フケることにしたから。まあ、二人でゴユックリ」
 「ちょっと待って下さいよ!」
 「良いじゃねえか、お前の好きな金髪碧眼だろ?」
 「そう言う問題じゃない!」
 
 くすくすと笑いを堪え切れない様子のローに思い切って拳骨をお見舞いするが、案の定その細い手にクリーンヒットは防がれてしまう。
 来たる昼休みが酷く辛くて、これ程に授業の終わりを忌避したのは初めての経験だった。


 2012.04.07.