盛夏に溶けて、涼
「あつい」
壊れた機械の様に同じ文句ばかりを吐き出し続ける金髪に好い加減うんざりとして、ペンギンは囈の合間に科白を挟んだ。
「あついあついと連呼した所で暑さが鎮まる訳じゃないだろう」
「いや、口にでも出さないと余計に体内に暑さが蓄積されるような気がして…………」
「心頭滅却すれば火もまた易し」
「本気で言ってる?」
「割と」
「…………ペンギンって暑さに弱いんじゃなかったっけ」
「それは一般名詞の方か?固有名詞の方か?」
「どっちでもいいよ」
はあ、と大きな溜息を吐いて椅子に仰け反り返ったキラーを見て、くすりと笑みを零した。
長すぎる金髪は見かねたペンギンの手によって高く纏められたままで、扇風機の風に煽られる度零れた後れ毛がひらひらとなびいている。
タンクトップと膝上丈のパンツから出た手足は白く、髪色の薄さと瞳の色に相まって涼し気にさえ見えるのに、外貌は本人の体感温度と関連する所では無いらしい。
「アイスティー、要る?」
「要る!」
甘やかしてはいけないと思いつつつペンギンが試しに声を掛けてやると、逆さになった顔が途端ぱっと輝く。
鬱陶しい前髪が平素とは逆方向に流れているため、露わになったその表情は常に増して幼さを押し出していた。
成人男性に向かって言う科白では無いのかもしれないが、年下の恋人の無邪気さは酷く可愛い。
食器棚から透明なグラスをふたつ出し、氷の入った抽斗を開ける。
かぱ、とゴムパッキンが外れる音がすると同時に爽やかな冷気が漏れて、トングを持った手に白い煙がまとわりついた。
からんからんと軽い音を立ててガラスに氷を落とす。
「ペンギンペンギン」
「何?」
「氷。ひとつ頂戴?」
透明な笑顔にねだられて、仕方無しにペンギンはひとかけらの氷を摘んでその口に入れてやる。
「冷たい」
「当たり前だろ、氷なんだから」
指先の温度に溶けた氷が水となって纏わりついている。
手首を掴んでその水滴までをも舐め取るキラーに、困惑した顔でペンギンは言った。
「お前は氷を食べて涼しいのかもしれないけど、そんなお前に舐められた所で俺は全く涼しくないぞ」
「何で?」
「何で、って…………舌が熱い。不快だ」
濡れた舌が這う指先は氷の冷たさなどとうに忘れて、幾分余計に熱を纏わりつかせている。
粘膜のぬめる温さに少し顔を顰めて手を引いたペンギンに、キラーは悪戯な笑みを浮かべた。
「ペンギンにもおすそ分け」
伸ばした手に襟首が引かれ、前のめりになった所を逆さのキスが襲った。
触れた舌先が小さくなった氷を口内に押し込んで、暫しそれを転がす様に口蓋を這い回る。
「…………溶かしたら、裾分けの意味が無いだろう」
「俺も今思った」
離れた唇にただでさえ高い体温が一層上がった気がして恨みがましくペンギンが言うと、キラーが困った風に笑う。
「暑い?ペンギン」
「…………暑いに決まってる」
「じゃあ、暑さついでにもう一回」
立ち上がったキラーがグラスの中から一粒の氷を取り出して、ペンギンの口へ宛がう。
促されるがままに薄く開いて涼を招き入れると、緩慢な仕草で再び重ねられた唇の熱が折角捕まえた冷を逃してしまうようだった。
からりとグラスの氷が音を立てた。
紅茶の入ったガラスポットが酷く汗ばんでいるのを見て、眦の涙までもが熱を帯びるような気さえする。
「…………あつい」
息を継ぐ間に零れた文句に、キラーは嬉しそうな顔をした。
2012.07.16.