ADDICTION
寝惚け眼に浮かんだ涙を粘着質の音と共に温い舌で掬われるのを感じて、キラーはぱちりと目を開けた。
見ると隣に寝ていた筈の男は既に起きていて、冴えた瞳で此方を見ている。
「おはよう」
「珍しいな、お前が俺より先に起きているなんて。未だ日も昇っていないじゃないか」
「仕方ないだろう、俺は日に当たると溶けてしまうんだから」
「何だそれは」
未だ下っ端のクルーたちも目を覚ましていないに違いない。
静まり返った船の中で聞こえるのは、時折ずれたように響く鴎の長い嬌声と、冷たい波の音だけ。
この分では、不寝番までもが浅い眠りを揺蕩っているのかもしれない。
「なあ、キラー」
「何だ?」
「涙は、血から出来てるんだそうだ」
「まあ、本を正せばそうだろうな。体液の一種なんだから」
「言い方が卑猥」
「どの口が」
「フフ…………ということはだ。お前の涙を舐めた俺は、お前の血を飲んだことになるのかな?」
「…………さあな」
「カニバリズムが禁じられているこの世界では、ヒトの血をヒトが飲むことも禁忌に入るんだろうか」
「そりゃあ…………人間の血なんて好んで飲む奴はそもそも余り存在するものじゃないだろう。背徳的ではあるんじゃないか」
「飲むのが人間じゃなかったら?」
「…………肉食獣なんかだと、腸と一緒に血肉を啜ることだってあるだろう。あれは生きる術であって、咎められるべき行為じゃない」
「そうか…………そうだよな」
「ペンギン?」
不意にその目に紅い色の刺した気がして、キラーは身を起こしペンギンの顔を覗きこむ。
世界の深淵を映した様な黒耀の瞳には、只サイドボートの白熱灯を介して己が映り込んでいるだけで、刹那感じた狂気は欠片を残していなかった。
「別に、俺の涙を舐めたくらいでお前がどうこうされる訳じゃないだろう」
「それもそうか…………否、俺なら大丈夫かな」
「どういうことだ?」
「ふふ、ゴソウゾウニオマカセシマス」
「…………お前、トラファルガーに少し似て来たんじゃないか」
「どの辺が?」
「会ったばかりの頃はもう少し素直だったような気がするんだが」
「褒め言葉と受け取っておこう」
そう言うとペンギンは俺の上へと覆い被さり、目尻に舌を這わせた。
眼球を舐める生温かい感触に少し顔を顰めると、満足げににこりと綺麗に微笑んで音を立てて涙滴を飲み干す。
首筋をなぞる指が酷く官能的で、抑えていた熱が首を擡げるのを感じた。
「その首筋から血を頂ける日はいつか来るのかな」
「飲みたければ勝手に飲めばいいが、そう美味いものでもないと思うぞ」
「お前のなら大丈夫だよ。きっとそこいらのワインよりも格段に良い香りがする」
「…………死なない程度に留めて置いてくれよ」
「善処しよう」
2011.09.24.