君を映す硝子の淵に
「人魚って、信じるか」
ぽつりと零れた言葉が不意に沈黙を作る。
衣擦れの音が止まり、薄闇の中で黒耀の瞳がきらりと怪しく光った気がした。
「信じるも何も……魚人族だろう。人魚は」
「…………まあ、そうだが」
するりと輪郭を撫でると、漸く観念した筈のその男は未だ胸中に不安を巣食わせているのか、哀しげな笑みを浮かべた。
「八百比丘尼」
「…………人魚の肉を食べた者は、不老不死の命を得る」
「何だ、知ってるのか」
「何処の国の話かは知らないが。しかし伝説だろう…………魚人を食べて不老不死になるのなら、それこそ天竜人が放っておかない」
「…………そうだな」
静かに落とした口付けが柔らかに受け止められる。
合わせた唇の端から漏れる吐息は甘く、目を瞑って委ねられた身をそっと掻き抱いた。
少し酸素を逃したのか、苦しげに歪められた眦から一筋の雫が落ちる。
シーツに弾かれた透明な真珠は滑るように転がって、手の端へ円らな、堅い感触を残した。
球体の澄んだ表層には、酷く儚い、泡と溶け行くような笑みが映って。
2012.01.06.