PLATONIC LOVERS
「愛って、何なんだろうな」
商売女が店へ浮かれた海賊たちを引き摺り込むのを横目に、ペンギンはぽつりと言った。
そんな彼の呟きを拾って、キラーは言葉なく先を促す。
「船長の事も、クルーの事も愛しているとは思うんだが、俺には愛が分からないんだ」
矛盾染みた事を言う男に、それでも彼が投げんとする言の葉の本質を何とかひろってキラーは言った。
「敬愛と友愛、それらは愛であって愛じゃないだろう?」
「誰かを愛おしく思うのなら、それは間違いなく愛だ」
「けれど俺は船長に抱かれたいとも思わないし、シャチを抱きたいとも思わない」
「…………それは、当たり前の感覚だと俺は思うが」
「けれど、愛ってそういうものなんだろう?」
酷く冷めた目で夜空を仰ぐペンギンを、キラーはただじっと見つめる。
「触れて、その平静を掻き乱したくなる。情欲に塗れた暗い感情を人は愛と呼ぶんだろう?」
「…………そうとは限らない」
「けど、性交は情交とも言うじゃないか。情は、言いかえれば愛だろう?愛を交わすことと情を交わすことが同義なら、愛は性交に帰結する」
「…………」
「俺には、情欲と言うものが分からないから」
「…………それは、性欲が無いと言うことか?」
「どうだろう。少なくともそういった感情を人に抱いたことは無いな」
何処か標準的な感覚を欠いたその不安定な痩躯は、何処を目指すでもなくただ夜道を歩いて行く。
キラーもまた、当て所なく街灯の及ばない薄暗闇へと歩を進めて行く。
付かず離れずの絶妙な距離を測りながら進む道は決して不快では無く、もう少し彼のテノールに鼓膜を揺らそうかと考えた時、ペンギンは急に歩むのをやめてしまった。
「愛し合う男女が交わって生を為す。それは普遍の定理で、性交の究極的目的だ。人類、否、生物の本能」
「ああ」
「けど、愛が無くても子供は作れるだろう?」
「…………それは」
「性交は愛なのに、その終着条件に愛は求められていない」
「…………」
「なら、愛って、何だ?何を以て愛と為し、何を得て愛とする?愛は何処にあって、何のために必要なんだ?」
「…………」
「愛おしいって、何なんだよ」
なあ、キラー。
行き先を失った猫のように途方も無い顔をしたペンギンをじっと見据えて、キラーは言った。
「欠くことの出来ない、世界の一部。失うことの出来ない、精神の一片」
「…………」
「それが、愛する者の占める位置だ」
やけに断定的に言い放ったキラーに茫然とした顔を見せるペンギンが、普段の怜悧なそれとかけ離れた表情をしているのが見て取れて少し可笑しくなる。
「性欲も情欲も、それらはひとえに人が己の中にある曖昧な衝動を昇華しきれずに止むをえず外へと発露した無為な我楽多でしかない。あくまで副産物だ。性欲は愛じゃない」
「…………ふうん」
分かった様な分からない様な、そんな曖昧な顔をして、ペンギンは言った。
「俺は、ちゃんと船長の事も、シャチのことも、ベポのことも――――皆の事を、愛せている?」
「お前がそう感じるのなら、そうだろう」
「…………じゃあ俺は、お前のことも愛しているのかな?」
刹那、言葉を失った。
息をつめたキラーの横で、ペンギンは涼しげな顔をする。
「お前が隣に居ると嬉しいし、離れれば少し物淋しくなる。幾月も航路が重ならないと苛立つし、久々に顔を見ればほっとする」
「…………」
「…………船長達に感じるものとは少し色が違うけれど…………これは、愛か?」
「…………さあな」
幼子の様に只管問いを投げかける人よりも少し前へ歩み出て、キラーは呟いた。
「もし、それを愛と呼ぶのだとしたら」
「したら?」
「俺も、お前を愛していることになる」
「…………そっか」
ざり、と砂を踏む音がして、振り返ると酷く淡い笑みを浮かべたペンギンがそこに立っていた。
「愛してるよ、キラー」
「…………そうか」
幾分か軽くなった様にも見える足取りに知れず胸を撫で下ろす自分が居ることに気が付いて、キラーは微苦笑を零した。
「俺も、愛している」
「…………うん」
2012.05.15.