臆病者の恋の詩
「キラーの髪は太陽の香りがするな」
潮風で傷むばかりの長い髪を好きだと言ってくれるのは彼くらいのものだ。
滅多に甘えたりしない癖に、いざ甘えてくれたのかと思えば髪に感けてばかりの恋人。
伸ばしているのは願掛けの様なものだし切る気は更々ないが、流石に少し嫉妬してしまったりもする。
自分の髪に嫉妬してどうする、と思わないでもないが。
「なあ、キラー」
「何だ?」
「もしも…………もしもさ、お前がユースタスと出逢っていなくて、海賊なんてやっていなかったら、今頃何をしていたと思う?」
「何を、とは」
「うーん、していた、っていうより、なっていた、の方が分かりやすいかな」
ぽふりと背に凭れかかって、ペンギンは言った。
「キッドに出逢わない未来など考えたことも無かったから、少し返答に困るな」
「お前の世界には本当にユースタスしかいないんだな」
くすくすと笑う声に不快が含まれている様子はない。
それは彼の世界がトラファルガーによって構成されているのと同じ原理であるので、どちらかと言えばそれは自嘲にも似た揶いの笑みだ。
最も、自分の世界の全てをキッドが満たしているかと言われれば決してそういう訳でもないのだが、強ち間違っているとは言えないので否定はしないでおいた。
「俺はさ、美容師とか良いなあと思うんだ」
「美容師?」
「まあ、船長のいない世界なんて今の俺には考えられないけど、もしも……もしも仮に、海賊なんてものがいない穏やかな世界に生まれていたなら、俺は何を目指して、何になってたんだろうって考えたたら、そんな道もあるのかなって」
遠くを見るような目をしたペンギンは、緩く吹く海風に髪を揺らしながら言う。
「ほら、お前の髪に触るのすごく好きだし、痛みっぱなしなのを見ていつもちょっと残念に思うし」
「…………ペンギンが俺の髪以外に感けるなんて嫌だな」
「…………仮定に妬くなよ」
「どうせなら俺の専属美容師になってくれ」
「そんな大層な身分にお前が就けるならな」
少し考えて、キラーはぽつりと零した。
「…………パティシエとかどうだろう」
「お前、甘いの苦手なんじゃないのか」
「ペンギンは好きだろ?」
「まあ、そうだけど」
「甘くてふわふわした綺麗なお菓子をたくさん作って、ペンギンを笑顔にしたい」
「…………甘いものが嫌いで菓子職人なんて聞いたことがないけどな」
「違いない。けど、俺はただお前を幸せにしたい。それだけなんだよ、きっと」
退屈な程に平和な日常を過ごすには、そのくらいの心持が一番良いのだろう。
人の幸せを願い、好きな人の笑顔で日々を彩る。
海の上に浮かぶ血生臭いこの性情には決して望めない夢を、仮定に託して叱られる謂れはないと、キラーは思う。
「…………随分言ってくれるけど、ひとつ言わせてもらっていいか」
「何だ?」
「お前が俺を幸せにするんじゃない。俺がお前を幸せにするんだ。そこだけは譲れないからな」
「…………両想いは前提か?」
「指輪のデザインくらいは選ばせてやるよ」
しれっととんでもない発言をしたペンギンを慌てて見やると、相変わらず此方に背は向けている者のその耳は真っ赤に染まっている。
「まあ、精々来世に期待するんだな」
「それも全力で」
「違いない」
真似られた口癖は満更でもない色をしていて、漸く此方を顧みたペンギンにありったけの笑みを浮かべてキラーは言った。
「大好きだ、ペンギン」
「…………言葉くらいしかあげられなくて、ごめんな」
誕生日、おめでとう。
少し切なそうなその言葉も今はただ嬉しくて、キラーはぎゅっとその白い手を握った。
2013.02.02.