十番目の前と後
「なあ、あんた」
毎朝、同じ時間に、同じバス停から、同じバスに乗る。
相乗りの乗客の決して多くはないから、暫く立つと面子も覚えてしまった。
中でも一番印象に残ったのは、いつも帽子を目深に被っていて表情の読めない男。
身長は己と同じか、少し低いくらいだろうか。いつも後部二人掛けの座席に座っている。
自分が乗る前からそこに彼は納まっていて、おそらく自分が降りた後にそこから解放されるのだろう。
話したことは勿論無いから、一体男がどういう素性の、どういう性情の奴なのかは一向に知らないが、風が靡かせたときに見える漆黒と金の髪は酷く綺麗だ。
偶々、隣に席を合わせた。
意図してのことではなく、どういう訳かいつもに増して込み合った車内に空席はそこしか無かったからだ。
傾げる様に一礼をして腰を下ろすと、どうやら眠っているように見えた男は未だ意識を手放してはいないようで、ちらりと此方を見上げた後、視線を窓の外へ移してしまった。
鍔の下から垣間見えた黒曜のような瞳が思う以上に意思を持っていて、少し驚く。
声を掛けられたのはそれからすぐ、間をおかずのことだった。
余りに驚いてまともな返答も出来ずにいると、男は構わずに主張を続ける。
「あんた、いつも何処で降りるんだ」
「え…………九つ先の、」
「ああやっぱり」
合点したように頷くと、男は改めて此方を向いて言う。
「俺、いつも十一先で降りるんだけど、起きられないんだ」
「?」
「悪いが、あんたが降りる時ついでに俺を起こして行ってくれないか」
否定されるという選択肢は端から頭にないのだろう。
言うだけ言って最後に「頼む」と締めくくると、そのまま男は(おそらく)深い眠りの淵に沈んでしまった。
(何なんだ、一体…………)
あまりの奔放さに怒りや呆れを通り越して感心してしまう。
けれど律義に、降車ボタンを押した後に彼の肩へ伸びるこの腕は、何かを期待しているようにも見えるから不思議だ。
2011.07.08.