kiss your BLACK

 ひたりと掌を合わせると、僅かに上回る第一関節が器用に動いた。
 
 「…………」
 「何だ?」
 「別に」
 「…………俺の方が身長も高いんだ、手の大きさだけ負けていたのでは可笑しいだろう」
 「解せん」
 「幼少の偏食を恨むんだな」
 「好き嫌いの無い事だけが、昔からの長所だ」
 「じゃあ遺伝子レベルの問題だ」
 「誰に文句を言えば良い」
 「カミサマの言う通り?」
 「…………」
 
 腹いせにぐっと握り込むと、そっと長い指が絡み付いて、言わずもがな安堵を覚える自分がいる。
 
 「マニキュアの似合いそうな爪だな」
 「女みたいだって言いたいのか」
 「そう言う訳じゃないけど」
 「塗らないぞ」
 「そう言わずに。キッドが忘れて帰ったのがあるんだ」
 「…………」
 「何だ、拗ねてるのか?バンド仲間全員で飲んだ時だよ。二人きりじゃない」
 「別に、何も言ってないじゃないか」
 「顔に出てる」
 「…………」
 
 ごそごそとサイドボードの引き出しを漁り、出てきたのは黒い液体の入った小さな硝子瓶。
 
 「お前なら、ターコイズブルーやレモンイエローの方が似合いそうだが」
 「嬉しくないぞ」
 「今日日、マニキュアを塗っている男なんてざらにいるじゃないか」
 「それはお前の世界の話だろう」
 「否定はしないが」
 
 ベースコートが無いけれど、まあ少し塗るだけなら良いかとキラーは呟いて、こじんまりとした刷毛を指で摘む。
 ひた、と爪の先にインクの着いた人口毛がへばりついて、感覚は無いはずなのに何故かそこから得体の知れない冷たさが伝わって来るような気がした。
 
 「おい」
 「動くな、爪からはみ出てしまう」
 
 抑えた息遣いに長い睫毛を伏せて取り組むその姿は真剣そのものだ。
 慣れない感触と慣れない叱咤が災いして、不意に嘘寒い心持になったペンギンは、思わず腕の捉えられるのも構わぬままキラーの頭を抱え込んだ。
 
 「あ」
 
 行く先を失った刷毛がシーツに擦れる。
 掠れた黒い痕跡が残された。
 
 「どうした」
 「…………」
 「何だ、黙っていたのでは分からない」
 「…………別に」
 「お前はいつもそれだな」
 「煩い」
 「構って貰えなくて淋しかったとでも言うんじゃないだろうな、真坂」
 「言ったら悪いか」
 「…………マニュキュアの汚れは、布に着いたらなかなか取れないぞ」
 「別に構わない」
 「俺の布団なんだが」
 「俺とお前以外、見ないだろう。問題ないさ」
 「…………違いない」
 
 とんと少し強めに胸を押され奇妙な体勢を崩されて、今度はその薄くも無い胸板に押し付けられるように抱き込まれた。
 確かな鼓動を感じながら、未だ乾き切っていない指の先が白い肌に黒い傷を刻むのを感じながら目を閉じる。
 暖かな闇が押し寄せてきた。



 2011.09.20.