有り体に言えばそれは、
「誕生日おめでとう」
ぱちくりと瞬くと、相変わらずの無表情が此方を見上げていた。
「…………今言う必要がある科白なのか、それは」
「いや、日付変わったなあと思って」
壁掛け時計の秒針がカチコチと音を立てて進むのを射して、ペンギンは事もなげに言う。
「…………お前、今自分がどういう状況にあるのか分かっているのか…………?」
「分かってはいるつもりだけど」
「…………普通、もっと暴れたり、抵抗を見せる物なんじゃないのか」
「いや…………まあ、暴れた所で俺がお前に勝てないのは分かってるし、無駄に体力使うのも賢明じゃないかなと」
場所、ベッドの上。布団を背にするのはペンギンで、天井を背にするのは俺。
真上から見下ろせば自分の背しか見えない、そんな体位。
要するに今、その両腕を自分の両腕を以て繋ぎとめられているペンギンは、組み敷かれているという格好にある。
「…………それは…………否定しないが」
「だろう?端から無理が分かってるなら、無駄な抵抗はしないで、隙をついて急所の一つでも蹴り上げる方が事は簡単だ」
「…………」
どうやら、観念して大人しくなったという訳ではなさそうだ。
現に瞳に浮かべられた強い意志は形を潜めておらず、固く結ばれた口元も綻びを見せてはいない。
「というか、どうして俺の誕生日なんて知ってるんだ?」
「さて、どうしてでしょう」
別段面白い問いを投げかけたつもりもなく、ただ純粋な疑問から生じた質問だったのだが、どういう訳か彼の感性に掠りはした様で、強張った表情筋が少しやわらげられる。
くすりという笑いが漏れて、ますます困惑する俺を見てますますペンギンは笑みを濃くした。
「ヒントその一」
「?」
「出所はユースタス」
「…………」
彼がわざわざキッドの所まで尋ねに行ったのだとは思えない。
何せ彼の敬愛するトラファルガーと親しいキッドを彼は毛嫌いしていて、明確な拒否こそ見せないもののキッドの隣に並んだ彼の顔と言ったら、未だ爬虫類の水槽にでも入れてやった方がマシかもしれないと言える程だ。
最も、彼が爬虫類を好いているのか嫌っているのか俺は知らないから、その例えが的確なのかどうかも分からないけれど。
少なくともキッドは爬虫類の類があまり好きではない。
「ヒントその二」
「未だあるのか」
「ユースタスが俺に言いに来た訳ではありません」
「え」
常識以前の思考回路に任せた推測は見事に外れて、俺は思わずぽかんと口を開ける。
情報源はキッドなのに、そのキッドに言われたのでないということは、即ち。
「…………お前が聞きに行ったのか?キッドの所に。わざわざ」
「ヒントその三」
俺の言葉を遮って口を開いたペンギンは次の瞬間彼の横に下がっていた一房の金糸を思い切り引っ張った。
「痛っ」
頭皮にかかる一点集中型の痛みと言うのは中々に辛いもので、俺は思わず体勢を崩す。
ついた肘が折れて雪崩れ込むようにして下がった前進が顔面の距離を一気に縮めたことに焦って、慌てて身を引こうとする。
こんな体勢になって言うのも説得力に欠けるが、何も嫌がる、あるいはその気で無い人間を本気で犯そうと思う程落ちぶれてはいないつもりだ。
キスの一つさえ、了承も得ずにするのは気が引け――――
「!」
擡げようとした頭が再び、首に掛けられた腕によって引きもどされる。
そのまま重なった唇に暫し瞳孔も開くかと言うくらい大きく目を見開いた状態で止まっていると、触れるだけのキスをやめ憮然とした面持ちを以てペンギンは言った。
「俺はお前が好きです」
「…………何の罰ゲームだ?」
「は?」
「誰かにそう言えと言われたんじゃないのか?何かに負けた罰則とかなにかで」
「…………俺は素直になることも許されないのか?」
「いや…………」
「というか、キスされてるんだから目くらい閉じたらどうだ」
「ああ、すまん…………って、そう言う問題じゃないだろう!」
混乱する余り場に流されそうになった所を何とか踏みとどまって講義すると、ペンギンは面白くもなさそうにふいと目を反らした。
その隙に垣間見えた両耳が激しく鮮紅に染まっているのを見て、漸く彼の発言が冗談で無かったことを思い知る。
「…………ええと、ペンギン?」
「ふん、お前なんかに言わなきゃよかった」
「あー…………疑って、すまん」
「退けよ。帰る」
「いいや、退かない」
そう言って頬に手を宛がい、その視線を此方に向けさせる。
血の廻りはますます活性化しているようで、目尻までもが赤く染められたその光景は、非常に、何と言うか。
「…………好きだよ、ペンギン」
「…………知ってる」
「好きだ、本当に。愛している」
「だから知ってるって」
「誕生日、祝ってくれるんだろう?」
「…………一応」
「プレゼントは」
「自分で言うなよ…………用意してる訳ないだろう。知ったのは今日の昼なんだから」
「そうか…………」
「欲しいものがあるなら言えよ。遅れても良いなら探してくるから」
「いや、手間は掛けさせない」
「?」
「お前が欲しい」
「…………ばっかじゃねえの」
「答えは?」
「…………好きにしろ」
会話の流れからしてある程度予測はしていたのだろうがいざ面と向かって言われると流石に照れを感じさせるらしい。
思わずといった体で両手に顔を埋めるペンギンに悪い心地はしたが、更に追い立てるように問うと、諦めたような答えが返ってきた。
「あと、もうひとつ」
「まだ何かあるのか」
「俺の事…………どう思ってるって?」
「…………」
うんざりといった表情はきっと照れを隠す為の演技だ。
暫くの間を置いて零された言の葉に微笑んで、俺はその柔い唇に指を沿わせた。
2012.02.02.