CANDY☆BABY
「はい、これ。ホワイトデーだから」
「わあ、キラー君覚えてくれてたんだあ!」
薄い色の紙包みを受け取ってはしゃぐ女生徒を、ペンギンは見るともなく視界に入れる。
「マシュマロ?」
「ああ。ラッピングが綺麗だったからそれにしたんだが、気に入らなかったかな」
「そんなことないよ!ていうか、バレンタインに私がチョコあげたこと覚えててくれただけで嬉しい!」
「流石に、誰から貰ったかくらいは覚えているさ」
「でも、キラー君今年も沢山貰ったでしょ?いちいち覚えてるなんて凄いね」
「それが礼儀だろう?」
「…………皆にお返しあげてるの?」
「そりゃあ、折角貰ったんだから。感謝の気持ちは伝えないと」
「ふうん…………でも、ちょっと複雑な気分だな」
「何故だ?」
「だって、キラー君のことだから、どうせ皆に同じ物あげてるんでしょ?義理でチョコくれた子にも、本命でくれた子にも。それって不誠実じゃない?」
「…………気持ちにこたえられないのは同じだから、仕方無いと思って欲しいな」
「むー…………まあ、マシュマロ美味しいから許してあげるけどね」
「それは助かる」
「ふふ」
笑う女生徒に零される綺麗な頬笑みを見て、そろそろあいつは誰かその辺の女子に刺されるんじゃないかと、ペンギンは密かに思っている。
今時、両手に抱えきれない程のチョコレートを紙袋に詰めて帰る男子なんてそうそう拝めはしないものが、廊下に立つ男に関してその常識は通用しなかった。
幼馴染であり彼の隣の家に住む自分が2月14日その日、何が嬉しくてそんなことをしなければならなかったのか今でも分からないままだが、兎角紙袋三個に渡る膨大な量のチョコレートの運送を手伝う羽目になったのは記憶に新しい。
しかし、チョコレートをくれた女子全員に返礼を用意する等と、あの量を見たペンギンとしてはまず思いつきもしない考えだ。
そういうマメなところが、彼が他の男子に比べ圧倒的人気を勝ち得ている理由の一端なのかもしれない。
だがそれと同時に、本命も相当あっただろうに貰いもの全てを義理と纏めて同じ物として扱ってしまう辺り、彼の感性は色々な意味において凄まじいものがあると思う。
しかしその事実に突っ込んでやる程ペンギンは暇ではないし、数多女子の目が有る中でそれを指摘する程の蛮勇も生憎と持ち合わせてはいない。
「悪い、待たせたな」
いつの間に此方へ来ていたのか、前の席へ逆向けに腰掛けたキラーがきょとんとした顔で此方を見ている。
マシュマロは全て配り終えたようで、手には空の紙袋が握られていた。
気付けば、放課後も人気の無い時間に差し掛かっているようだ。
そろそろ完全下校のチャイムも鳴り響く頃だろう。
「いや。ローに借りた本、未だ読み切れて無かったから丁度良かった」
「そうか」
手にした文庫本の最後のページをぱたりと閉じて、ペンギンは事もなげに言った。
「しかし、お前も罪な奴だな本当」
「何が?」
「マシュマロの意味、知ってる女の子はどれだけいるんだろうな?」
「ああ、そのことか」
「せめてクッキーにしてやれば良い物を」
「仕方ないだろう、変に気を持たせても申し訳ない。最悪の場合、泣かせてしまうだけだ」
「そう言う所がツミツクリだって言ってんだよ」
「じゃあ、どうすれば良いんだよ」
むっとしたように言うキラーの表情からは柔らかな笑みが消えて、拗ねたような色が貼り付けられている。
彼がそんな顔を見せるのは自分の前でだけだと知っている手前、どうしても嬉しくなってしまうのをペンギンは止められなかった。
だがしかしここでそんなことを口に出来る程、素直にあるつもりも無いので。
「まあ、どうにも出来ないな。俺に飴を寄越す位なんだから」
「それが俺の答えだからな」
「というか、別にバレンタインに告白した訳でもないだろ、俺。それ以前にもう付き合ってるし。しかも告白はお前からだったし」
「それは、まあ…………そうだが。じゃあ何を返せば良かったんだ?」
「俺が知るか」
くすりと笑って、ブレザーのポケットから取り出した飴を一粒口の中へ放り込む。
薄い黄色に上品なざら目の塗されたキャンディは見目に合う控えめな甘さを主張して、舌の上で滑らかに溶けた。
「…………」
濡れた唇を音を立てて啄まれ、思わず意地の悪い顔をする。
お返しとばかりに、離れた唇へ舌先で透明なリップを塗ってやると、堪え切れないとばかりに噛みつかれる感触に寸時意識が遠くなった。
「…………檸檬味のキスはファーストと、相場が決まってるんじゃないのか」
「お前の初めてが何時だったか聞くような野暮な趣味は、生憎持ち合わせていないからな」
「成程」
一応周囲を伺って、今の一連の流れが他者に見られていなかったことに密か安堵する。
流石に共学の高校でこんな現場を押さえられてしまっては、明日から素面で学校生活を送れる自信などペンギンには無い。
「しかし、そう言う相手ならより取り見取りのお前が、何でわざわざ俺なんかを選んだのかな」
「その科白、そっくりそのまま返させて貰っても構わないか?」
「…………お前、いつか刺されるぞ、ほんと」
「?」
「こっちの話」
くすくすと笑みを零しながら先立って教室を出る背に、キラーはひとつ声をかけた。
「ペンギン」
「何だ?」
「俺は、お前のことが好きだ」
「…………今更」
にやりと笑う横顔は少女の甘いそれとは程遠い色にあって、言いようの無い妖しさを纏っている。
全く何処に惚れてしまったのか分からないが、もう暫くはこの傍若無人な女王様に手を焼かされることになりそうだ。
願わくばその気苦労が末永く続くことを、黄昏に祈りながら弾む足取りを追いかけた。
2012.03.14.