PASTEL SYRUP
白の長袖カッターシャツ。
裾はだらし無く出したままだが、袖は中程までしか折らず襟元もさほど開けずにきっちりとそれを着こなしている。
暑くはないのかと尋ねる女子には、満員電車やエレベーターで汗ばんだ肌が他人に触れて、不快な思いをさせるのが嫌なのだと困った風に微笑んでおいた。
その返答に頬を赤らめた少女達の真意は生憎と図り知れた所ではない。
「よくもまあそれ程すらすらと嘯けるものだな」
「別に嘘はついていない。事実の一面だ」
「最大の原因は別にあるけどな」
「…………誰のせいだ、誰の」
「俺だな」
懺悔の言葉もなくしれっと事実を口にするキラーに好い加減溜息が出たが、きっと怒った所で立て板に水、寧ろ体感温度を無為に上げる結果しか招かないだろうと哀しい予測が立ったので、ペンギンは色々なものをぐっと押し込めて椅子に深く座り直した。
「…………暑い」
はたはたとシャツの裾をはためかせ、せめてもと空気を取り入れる。
「見えるぞ」
「っ」
ちらとこちらに目をやった男がぽつりと零した台詞にかっと頬を染めて、ペンギンは仕方無しに手を休めた。
脇腹に、二の腕に、鎖骨に、首筋に、留まるところを知らず散らされた紅い華のせいで夏の装いもままならない。
かろうじてカッターの襟には隠れてくれる為(きっとこれもあいつの計算の内だろう)ストールなんてこの上なく暑苦しいものは巻かずに済んでいるが、とても半袖のシャツや襟の大きく開いたTシャツに袖は通せないのが現状だ。
「夏場はつけるなと言っただろう」
「何を」
「痕」
「つけている時は言われなかった」
「それは…………!」
「気が付く余裕も無かったか?良すぎて」
「…………っるさい!」
羞恥に顔が茹だつ気さえして手にした書類をばさりと投げ付けるが、キラーはけろりとした顔で難無くそれを受け止める。
「大事な書類なんだろう?教授に提出する」
「…………お前はいいよな、涼しそうで」
多過ぎる髪は綺麗に束ねられて、露になった項は白い。
VネックのTシャツからすらりと伸びる腕は長く、均整の取れた筋が逞し過ぎない型を作っている。
「まあ、監視員のバイトは諦めないといけないけどな」
「監視員?」
「プールの」
「何で?」
「…………自覚が無い分お前の方がタチが悪いぞ」
「は?」
ふうと息を吐いたキラーの言わんとする所を察しかねてペンギンが首を傾げると、徐に立ち上がった痩身がこちらに近付いて来る。
「…………何故脱ぐ」
そのままばさりとシャツを脱ぎ落としたキラーに怪訝な顔を作ると、事もなげに返される。
「実際に見せた方が早いと思って」
「…………っ」
背に深々と刻まれた紅い爪痕にペンギンが息を詰めると、キラーは満足げにシャツを拾い上げた。
「…………いつも、なのか」
「程度の差はあるが。今回のは特にきついな」
つけてからゆうに半日は経過しているというのに未だ生々しさを失わない傷跡に触れ、少し眉根を寄せる。
「気にすることは無い。寧ろ嬉しいくらいだ」
「何が」
「無意識とはいえ、お前が自分から俺に痕を残してくれることが」
「…………勝手に言ってろ」
恥ずかしい言葉を惜し気もなく繰り出す厚顔ぶりにこちらの方がいたたまれなくなって、ペンギンは嫌な顔をする。
「…………夏の間は、ナシにするか」
「…………一応聞くが、何を」
「何って、セ」
「わあああ」
「何だよ、お前が聞いたんだろう」
「俺には何も聞こえない!」
はっしと両耳を両手で覆ったその滑稽な姿に少し吹き出すと、キラーは未だ同じ体勢のままにじとりとこちらを睨みつけた。
夏の風物詩にもならない爽やかな金糸を一房掬い上げ、そっと口付けを落とした。
「…………さしずめ瞳は」
「サイダーの味なんてしないぞ」
「ちっ」
2012.07.01.