ヨダカノホシとトキワイロ
「…………浴衣じゃないのか」
「…………お前は俺に一体何を期待してるんだ?」
祭拍子棚引く鳥居の下、待ち合わせ時間ジャストに現れたペンギンは、普段と何ら変わらないカジュアルな服装に身を包んでいる。
Vネックの黒いTシャツに細身のシルエットをしたジーンズ。足元はサンダル。
対するキラーもこれといって特別な服装をしている訳ではなく、夏夜の雪洞の下にあって尚二人のスタイルは平素と変わる訳では無かった。
「いや、だって。祭と言ったら浴衣だろう」
「じゃあお前が着て来いよ」
「持ってない」
「俺だって持ってないよ」
じとりと不満げな目で見ると、ペンギンは呆れた様な口調で空を仰ぎながら苦笑する。
「普通、浴衣なんて持ってないだろ。一介の学生が」
「だって、ペンギンじゃないか」
「意味が分からない」
未練がましく零すと、いよいよペンギンは眉根に皺を寄せて呟いた。
「…………で、行くのか。行かないのか」
「行くに決まってる!」
「全く…………男2人で連れだって歩いてる時点で十分浮くだろうに、その上浴衣まで着てたら、悪目立ち以外の何もしないだろう」
「別に、周りの目なんか気にしなくたって」
「俺がするんだよ。お前のことなんか知るか」
ぶつぶつと不満を零しつつも、その横顔は少し楽しそうだ。
いつもとは違う、仄かに明るい夜空に彼の心も少なからず浮足立っているのかもしれない。
そんなささやかな表情の変化を横目に、やはり誘って良かったとキラーはひとり胸の内で笑んで境内へと足を踏み入れた。
「花火、何時からだっけ」
「9時じゃなかったか?」
「ならあと1時間くらいか。ささっと夜店回って、良い場所取りに行こう」
「…………一応言っておくが、別段俺はお前と手を繋いでにこにこしながら良いムードの中花火を見たいとか、そんな少女じみた幻想は全くこれっぽっちも指の甘皮の先程も持ってないからな?」
「うん、分かってる」
「なら良いが」
「ペンギンが持ってなくても、俺がちゃんと持ってるから」
「…………その脳髄をかち割って中身をじっくり見せて貰いたいと思ったのは一度では無いとだけ言っておこう」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
くすくすと笑いながら歩くキラーをいよいよ侮蔑の表情で見始めたペンギンは、人を縫って歩くうちに頬へ流れた汗を拭い、やがてひとつの屋台の前で立ち止まった。
「かき氷?」
「暑くないか?」
「うん、暑い」
「すみません、レモンひとつ」
別にキラーの髪から連想した色を考えるまでも無く選択してしまった訳ではないとペンギンが自分に言い訳をする横で、キラーは少し悩んだ後でブルーハワイを言い付ける。
「ブルーハワイって、子供か」
「涼しげで良いだろ?夏っぽくて」
氷の山を持って歩く。
先の潰れた細いストローの先で涼を口へ運ぶと、人工的な甘さと鋭い冷たさに頭がキンと痛んだ。
「それに、どうせかき氷のシロップなんて色が違うだけで全部味は一緒なんだから」
「そうなのか」
「知らなかったのか?」
「黄色はレモン、赤は普通にイチゴだと思ってた」
「…………目、閉じて?」
言われるがままに目を閉じると、口元に僅かな氷が運ばれる。
咀嚼するとただそれは甘ったるさを感じさせるだけで、風味の有無は分からなかった。
「今食べたの、どっちだと思う?」
「…………ブルーハワイ」
「残念、レモンでした」
「…………俺は今、積年の信用を裏切られた気がしたよ」
「真実は時として残酷なものだからな」
からからと屈託ない笑いが零される横で、自然頬が緩んだのをペンギンは慌てて引き締めた。
「ペンギン、舌黄色?」
「さあ、どうだろう」
「…………黄色だ。真っ黄色」
「お前こそ、幼児向けアニメの敵役みたいになってるぞ、舌の色」
「えっ、嘘」
「小気味良い程に真っ青だ。その内尻尾でも生えて来るんじゃないか?先の尖った奴が」
「…………今思いついたこと、言って良い?」
「…………お前の短絡的な思考回路は大体読めるから別に言わなくても良い」
どうせ「キスしたら色が混ざり合ってお互い緑の舌になるんだろうな」とか馬鹿げたことを言い出すんだろう、この男は。
隙を見せないようにさっさと氷の山を崩しながら素知らぬふりで先を急ぐと、短い髪が夜風にそよいだ。
その背を慌てて追いながら、花火に身惚れているうちに何が何でも唇を奪ってやるとキラーは決意新たに腕時計を覗き込む。
作戦開始まで、あと30分。
2012.07.11.