THAT'S CRAZY !!
「お化け屋敷に行こう」
言い出したのはキラーだった。
嫌な笑顔を浮かべたローから2枚のチケットを手渡された日は記憶に新しい。
友人の伝手だか何だかでキッドとのデート先に選んだそこを酷く気に召したらしい彼は、不器用なキラーの恋路を応援せんと青天の霹靂とも言える申し出をしてくれたと、本人曰くつまりそういう事らしい。
明日は空から槍が降るに違いないと、キラーは戸惑いと不信を隠しもせずに顔を顰めた。
「ペンギンでも誘えよ」
「…………目的は何だ」
「ペンギンの奴、お化け屋敷嫌いだからさ。連れてけば、吊り橋効果とか狙えるんじゃねえの?」
「…………馬鹿馬鹿しい」
口では呆れて物も言えないという態度を表明したが、いつまでたっても進展しない彼との仲に悩んでいたのも事実で。
ローと別れた数分後には彼に誘いのメールを送っててしまった件についてはどうか大目に見て貰いたい所だ。
付き合い始めて一ヶ月、未だ手も繋げていないなんて情けないにも程がある。
キラーの誘いを快諾したペンギンは、平日、重なる休講日の午後を指定し、快晴の下休日に比べれば人も幾分疎らな園内を肩を並べて歩いている所だった。
「お化け屋敷?」
「そ。ペンギン、怖いの嫌い?」
「…………別に嫌いじゃないけど」
言いながら少し伏せられた目にどきりと胸が高鳴る。
彼の一挙一動、些細な仕草と表情の変化に未だ慣れることは無くて、一緒にいると心臓が持たないとキラーは常々考えていた。
「…………まあ、お前が行きたいなら行っても良い」
気乗りはしないと言わんばかりの色で紡がれた了解の返事にキラーはにっこりと微笑んで、未だ抱けていない肩を押して不吉な建物へと歩を進めることにした。
のだが、
「…………っ」
「ほんと、怖いの駄目なんだな。お前」
怖がる恋人の手を悠然と引き、颯爽と闇を切り開くのは自分だったはずなのに、気付けば立場が一転している。
いつ何時何処から伸びて来るとも知れない白い手に神経が過敏になり、強張った表情のまま思う様に歩を進められなくなったキラーを呆れ顔で見たペンギンに、恐怖は微塵も感じられない。
「ぺ、ペンギン怖いの苦手だったんじゃ…………」
「何処のソースだ、その情報」
「だって、お化け屋敷入るの嫌そうだったじゃないか」
「ホラーハウスの演出なんて所詮人工だろう。怖がる意味が分からない。足元は暗くて危ないし、時間の無駄だからあまり好きじゃないだけだ」
「そうならそうと…………っ」
「だって、お前が入りたいって言ったから」
どうやらお化け屋敷が嫌い=お化け屋敷が怖い、という方程式は必ずしも成り立つものでは無かったらしい。
(…………情けない)
キラーは別段自分が怖がりな部類に入るとは思っていなかった。
幽霊話の類を聞いてもそれ程恐怖を感じたことは無かったし、心霊番組を見た所で夜道を歩くのが怖くなった経験も無い。
だがしかし、お化け屋敷と言うのは別だった。
何せ「驚かせよう、怖がらせよう」という意思を満々と湛えた存在が意図を持って出現するのである。
それは最早「お化けが怖い」という次元の話では無くて、暗闇の中にそうした悪意が蔓延している事実自体への恐怖だった。
すたすたと歩くペンギンに手を引かれながら進む闇は浪漫性の欠片も零してはいなくて、出口の見えない狭い通路においてキラーは果てしなく無力だった。
念願の"手を繋ぐ"は確かに実現したが、これでは却って逆効果だ。
「…………ごめん」
「何が?」
「俺、情けなくて。恥ずかしい」
「…………人それぞれ、得意不得意はあるだろう。仕方がない」
あっさりと言うペンギンの態度は中々に辛辣だ。
いよいよ辛くなってきたキラーは、せめて最後にと言わんばかりに自分よりも少し薄いその掌を握る力をぎゅっと強める。
するとペンギンは立ち止まり、俯いた此方の顔を薄闇の中で暫く眺めた後、宥めるような声で言った。
「キラー」
「…………何」
「俺が守るから」
「え、」
「そんなに恐がらなくて良い。お前は俺が守るよ。だから安心して着いて来ればいいんだ」
きゅ、と握り返された手の温かさと双眸の光の強さにキラーが言葉を失うと、ペンギンはにこりと笑って言った。
「それとも、俺はそんなに頼りないか?」
「!そんなことない…………!」
「なら結構」
ついでとばかり押し付けられた唇に唖然とするキラーにくすくすと笑い声を洩らして、ペンギンは再び歩き始める。
慌ててその背を追いながら、胸の内に生じた燻るような感覚に暫し恐怖も忘れていると、不意に目の前を光の川が流れた。
「出口だ」
晴れやかな顔で告げるペンギンが如何にも眩しくて、キラーは思わず目を眇める。
(反則だ…………!)
2012.07.15.