ICECREAM / SYNDROM
ぱたん、と冷蔵庫を閉める音がして振り向くと、アイスクリームを両手に持ったペンギンが此方を向いて言った。
「ソーダとバニラ。一本ずつしかなかったんだけど……ソーダで良いか?」
「ああ、有難う。貰うよ」
ぺりぺりと袋を剥がして渡された清涼感を全面に押し出すキャンデーを持って、先を齧る。
期待を裏切らない冷たさが喉の奥を滑り落ちて、暑さが幾らか和らぐような心地がした。
「節電節電って言われるからエアコンはあまりつけない様にしてるけど、扇風機回して窓を少し開けるだけで随分涼しくなるものなんだな」
「清風と日陰で暑さをやり過ごすのも、夏の風物詩だと思えば幾分情趣があって良いだろう」
吹きこんだ風が風鈴に澄んだ音を吐かせて、いよいよ気怠い暑さも何処か冷たさを帯びたような気がする。
刹那むせ返る夏を忘れられるような気がして、キラーはふうと溜息を零した。
壁に背を凭せ掛け、フローリングに座り込んだキラーの隣に腰を降ろしたペンギンもまたひとつ息を吐いて翳りを享受する。
硝子の外から投げ込まれる木漏れ日が白い肌を透かして、黒耀の瞳とそろいの髪に淡い光を投げかけるのが酷く美しかった。
「…………溶けるぞ、アイス」
「え、ああ」
そよ風に嬲られた氷の表面は見る見るうちに溶けて、指に甘い水滴を伝わせている。
慌ててそれを舐め取ると、ペンギンはくすりと微笑んで腕を引き寄せた。
「な、何だ」
「いや、冷たそうな指だと思って」
体感温度に反して冷ややかなキラーの指を、生温かい舌が突いた。
棒だけを残して溶け切ってしまったアイスクリームは指先から肘までを強かにべとつかせ、淡い水色がペンギンのそれよりも幾分色の濃い肌を覆う。
その上を這う様になぞる舌の感触が嫌に艶めかしくて、茫然としたままに顔が酷く火照るのを感じる。
仕上げとばかりに肘へ達した唇がきつく腕の裏を吸い上げ、つきりとした痛みへ咄嗟に眉根を寄せた。
「悪戯にも度が過ぎるぞ…………」
「嫌な気はしなかっただろう」
「それは、まあ」
「なら良いじゃないか」
ぺろりと自身の唇を舐め取る赤い舌が捕食動物のそれを思わせて、涼やかな瞳に否応なく熱が煽られた。
「子供みたいに手を汚すお前が悪いんだよ」
「…………次からは善処しよう」
「ああ、そうするがいい」
「ところでペンギン」
「何だ?」
「人のことを言えた立場か?」
「何が…………あ」
細い指に握られていたバニラアイスは今まさにペンギンの眼前で面白いように溶けて、かろうじて棒に縋りついていた体を放棄し一滴の雫を残して塊ごと落下した。
白い残骸は少しだぼついたショートパンツの上を経て、すっきりと伸びた足を見る見るうちに浸食して行く。
「あーあ…………べとべとだ」
「…………」
その様がどうにも官能的で、暑さに赤く染まったその眦と相まって目が反らせなくなる。
「何見てるんだよ」
腿を伝ってフローリングに垂れた白い液体を嫌そうに見ていた横顔が、ふと挑戦的な色を湛えて此方を見た。
「べ、別に」
「ふうん…………別に、ね」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………はあ、興醒めた」
吊り上げられた口角と誘うような眼差しに心拍数がどんどん上昇していくのを感じながらキラーが動けずにいると、ぱたりとスイッチが切れた様にその視線が止んだ。
「ぺ、ペンギン」
「何だよ。俺、シャワーして服着替えて来るから。床、拭いといてくれ」
「…………分かった」
先程までの熱の名残を微塵も感じさせないペンギンについていけないと言わんばかり上の空で返事をしたキラーに、ペンギンは困ったような笑みを零した。
「叩き過ぎた石橋は壊れるって、誰かから聞いたことがあるんだけど」
「…………っ」
呆れたようなその声色にいよいよ顔が真っ赤になるのを感じる。
零れた白濁に誘われる淫らな思考から思い切り顔を背けて、傍らにあったティッシュペーパーを引き寄せた。
2012.08.16.