Ringing Crimson
ペンギンは幼子では無い。
社会に出るのを目前に控えた学生ではあるが、決して子どもではないし、またそう在るつもりもない。
ただ少し、明かした訳でもない淡い恋が無言のままに一蹴された様な、そんな感傷じみたものを捨て切れずにいるだけで、別に拗ねている訳でも怒っている訳でもないのだ。
「クリスマス…………何か予定はあるのか?」
「え?ああ…………イブに、ちょっと」
つい昨日、逸る鼓動を精一杯に抑えて何気なく投げた質問にぎくりと身を引いて応えたキラーの顔が脳裏を過る。
キラーは郷里から離れたこの学校に入学して最初に出来た友達で、一番深い付き合いの人であると同時に仄かな想いをペンギンに抱かせる男だった。
勿論ペンギンもまた男だ。因みに付け加えれば男色家という訳でもない。
キラーだから惹かれたのだと、随分悩んだ後で納得し、諦めた。
だからその感情を認めはしてもひけらかす事はなく、少し歪んだ友情としていつかその関係が立ち消えるまで後生大事に抱え込んでいるつもりだったのだ。
「…………ふうん」
けれどやはり、理性に背いて感情はそっけない返事しか口から吐き出させなかった。
キラーに恋人がいるという話を聞いたことはなかった。けれど、クリスマスにはっきりと告げられない用事があると言われれば、そんなもの内容はひとつだと世間がペンギンの嬉しくも無い推測に太鼓判を押してくれる。
勿論キラーに恋人がいた所でペンギンが自身のスタンスを貫くことに変わりは無かったが、それでもショックなものはショックだったのである。
ペンギンは道理の分からぬ子供ではないが、残念ながら感慨を持たぬ機械でも無い。
「…………」
後十数分で聖夜を迎えようという時刻に在って既に灯りを落とした部屋で、布団も被らず横たわったベッドの上でペンギンはひとつ身じろぎをした。
ぎし、と軋むスプリングの音が薄闇の静に響いて、枕を抱え込んだまま大きく息を吐く。
我ながら女々しい思考回路であるとは思うが、キラーの焦ったように少し頬を染めた表情が浮かぶ度に溜息は抑えられない。
今頃彼の腕に可憐な少女が抱かれているのかと思うと、どうにも居た堪れなくなる。
「…………キラーの馬鹿」
眦に浮かんだ僅かな涙を慌てて拭うと余計に虚しさが増大したような気がした。
「…………一番の馬鹿は、俺か」
自嘲するように呟いた言葉が夜気に溶けるのを見届ける前に、静寂を携帯の無機質な着信音が遮った。
ディスプレイに表れた回線の向こうにいる人の名前に酷く驚き慌てて通話ボタンを押すと、負けずと慌てた声色が耳朶に飛び込む。
『もしもしっ、ペンギン?!』
「ど、どうしたんだよ、キラー」
『今、家にいる?』
「あ、ああ」
『出掛ける予定は?』
「いや、無いが…………というか、こんな時間に何だよ、いきなり」
『すぐ行くから!』
「は?!」
言うことは言ったとばかりぷつりと切れた通話に暫し茫然としていると、数分を経て響いたバイクのエンジン音に止まった思考が分断される。
魚眼レンズを覗くことも忘れて扉を開けると、そこには息を切らせたサンタクロースが立っていた。
「き、キラー……か……?」
「今何時?」
「え…………11時59分、だけど」
「そっか、間に合った」
真っ赤な服に身を包んだキラーは、頬に透明な汗を走らせながらにこりと微笑んで言った。
「メリークリスマス、ペンギン」
「は…………」
「はー、全力疾走は流石に堪えるな…………」
ぜえぜえと息を整えるキラーを一先ず玄関に招き入れて、ペンギンは混乱する頭で必死に言葉をかき集めた。
「何だ、その格好」
「俺、実はサンタなんだ」
「…………は?」
そう言うとキラーは、一見空にも見える白い布袋の中からひとつの包みを取り出した。
「はい、どうぞ。サンタクロースからのプレゼント」
渡されるままに包みを受け取って、ペンギンは再び質問を投げた。
「…………サンタ?」
「そう。俺、サンタクロースなんだ」
「それはさっき聞いた…………その意味を俺は聞いているんだが」
「うーん、意味って言われても…………まあ、サンタなんだよ。似合うだろ、この服」
少し長い丈の赤いコートを翻して満足げに笑うキラーに、ペンギンはひとまず脳内を駆け巡る常識とかそういったものを捨て置く決断をした。
「サンタなら、トナカイとソリで此処まで来たんだろうな?」
「今日日動物愛護団体が煩かったりして、昔みたいにトナカイを走らせることは出来ないんだ。近頃のサンタは皆原付だな」
「空を飛ばないのか」
「発達した科学機械に観測されてしまったら、未確認飛行物体どころの騒ぎじゃ済まなくなるだろ?原付なら、ピザ屋の宅配に間違えて貰える」
「…………俺がおかしくなったのか、お前がおかしくなったのか、世界が歪んだのか、今の俺には全く判断できない訳だが」
「そのどれでもないよ。現実は現実だ」
現状を説くキラーはいたって真面目で、愈々何を信じればいいのか分からなくなったペンギンである。
「で、このプレゼントは」
「サンタクロースから、良い子のペンギンに」
「…………悪いが、俺はもう成人を過ぎた大人で、子供じゃないんだが」
「うん、ペンギンならそう言うと思った。じゃあ、サンタクロースから、じゃなくて、俺からのプレゼントって言えば素直に受け取って貰えるのかな?」
「何でお前が俺にプレゼントをくれるんだ」
「何でだと思う?」
ひとつ息を吐いてがさがさと包装紙を破ると、小さな箱に繊細なピアスがひとつ、遠慮気味に納められたいた。
「アクセサリなんて、付き合ってもいないのに重いかな、と思ったんだけど。それを見たら、他に贈るものなんて思いつかなくて」
「…………何で」
「うーん、ペンギンのことが好きだから、かな」
照れたように頬を掻いて、キラーは言った。
「急にこんなこと言ってごめん。でも、やっぱり俺はペンギンが好きなんだ」
「…………」
「俺、別に男が好きな訳じゃないんだ。けど、何度考えても、ペンギンのことは好きみたいで、隠していられないと思った」
「…………俺、お前の友達だよな」
「ペンギンがそう思ってくれてるのなら、絶対に」
「男だし、」
「ペンギンが女なら良かったのに、なんて思ったことは一度も無いよ」
「…………」
着けっ放しのシルバーをひとつ外して、貰ったばかりのものと取り換える。
「うん、やっぱり似合う」
「…………予定があるって言ってたのは?」
「今日は朝からプレゼントの集配作業があって、明日は夜まで総括作業がある筈だったから」
「…………何で言葉を濁したんだ、あの時」
「サンタは正体を知られちゃいけないことになってるんだよ」
「結局俺は知ってしまったけど」
「そうだな。でも、夜空の星を見上げていたらどうしてもペンギンに会いに行かなくちゃいけない様な気がして。サンタでいることは楽しいけど、やっぱり俺はペンギンが好きで、ペンギンと一緒にクリスマスを過ごしたいと思ったから。沢山の子供たちの夜明けの笑顔は俺を幸せにしてくれるけど、好きな人の微笑む顔を見られる朝の方がほんの少しだけ、俺には魅力的だった」
「…………俺が拒否するとか、信じないという選択肢はお前のめでたい頭の中には無かった訳だな。俺が一度お前の気持ちを脇に避ければ、お前は大事な職も、感情も、全てを失う所だったのに」
「惚れた方が負けってよく言うだろ?」
「…………全く、とんだサンタクロースが来たもんだ」
「涙の落ちる音が聞こえたんじゃ、どうしようもないさ」
頬を滑り落ちる冷たい筋を温かな指が拭って、じわりとぬくもりが伝わる。
「サンタクロースがプレゼントを受け取ってはいけないというルールは?」
「派遣元から配られたマニュアルには何も書かれていなかったな」
「そうか、ならいい」
引き寄せた唇に触れるだけのキスを贈ると、キラーは少しきょとんとした風に目を見開いた後で、満面に笑みを浮かべた。
「恋人がサンタクロースだなんて、素敵な話じゃないか」
2012.12.24.